岩手・釜石が95年の釜石南時代以来、20年ぶり3度目の東北大会(10月10日開幕、青森)出場を決めた。花巻南を退けた。沿岸南地区予選1回戦で敗れ、後がない状況から粘りを身につけて県大会決勝に進出した。

 崖っぷちからはい上がった釜石が、センバツへの道を切り開いた。20年ぶりにつかんだ東北切符。前日19日の準々決勝から、2試合連続完投したエース右腕岩間大(2年)は「自分たちが伝統をつくれたのかな」と素直に喜んだ。

 初回に3番大尻悠矢(1年)の2点右前打で先制。5回は5番新沼康大(1年)の三塁内野安打で追加点を取った。投打がかみ合った。佐々木偉彦(たけひこ)監督(31)は「粘れるチームになったと思う」と苦いスタートを思い出した。

 先月29日、高田との沿岸南地区予選1回戦は1-10の7回コールド負け。県大会、目標としたセンバツへ後がなくなった。岩間は「正念場、という言葉を掲げた」と振り返った。佐々木監督は釜石を率いた4月から、練習を「試合」と言い続けてきた。キャッチボールの1球も無駄にせず、1つ1つのプレーを突き詰めた。新チーム初戦でつまずき、1週間後の敗者復活1回戦へ、その意識がさらに高まった。

 敗者復活戦2試合を勝ち抜き、県大会準決勝までの計6試合で2点差以内の勝利は4を数え、接戦に強い。準々決勝は1点を追う9回に2死から同点とし、延長10回に3点を奪って粘り勝った。佐々木監督は「あの1週間で、ここまで来られた」と実感を込めた。

 20年前の95年東北大会は、準優勝して翌96年のセンバツ出場につなげた。学校のモットーは「鋼鉄の意志」。この秋、来春の大舞台へ、明日22日の盛岡大付との決勝に勝って、甲子園出場への強固な意志を示す。【久野朗】

 ◆釜石の東北大会 現在と同じ校名の釜石時代の62年に県大会を制覇。初めて東北大会に進みベスト4入りした。翌63年4月に釜石南と名称変更。95年に東北大会準優勝。翌96年のセンバツに春夏通じて初出場し、1回戦で米子東(鳥取)に敗れた。08年4月に釜石南と釜石北が統合して釜石と改称。甲子園出場は96年春の1度だけ。