鉄腕サウスポーが金字塔を打ち立てた。日本ハム宮西尚生投手(30)が14日、西武10回戦(札幌ドーム)でプロ野球史上2人目、パ・リーグ初の200ホールドを達成した。3点リードの7回に登板。3者凡退で勝利のバトンをつなぎ、節目を白星で飾った。昨オフには左肘を手術し、プロ9年目の今季は出遅れながら大台に到達。メモリアルな勝利に沸いたチームは3カード連続の勝ち越しを決める、今季初の4連勝で貯金を2とした。

 普段と変わらず、チームのために左腕を振った。宮西の出番は7回にやってきた。ホールドが付く、3点リードの場面。「若干、意識した」が、マウンドでは邪念は消えていた。簡単に2死を奪い、秋山には宝刀スライダーで中飛。3者凡退で片付けると、左手でグラブを4、5回たたいた。「リリーフは陰で支えるのが務め」という哲学を持つが、少しだけ喜びに浸った。

 理由があった。100、150とホールド数が区切りを迎えた試合は、ともにチームが黒星。ロッカールームの隅で祝福されるのが、つらかった。「ホンマに、勝ちゲームで達成したい。もし、負けたら祝わんでもええくらい」。超満員4万1138観衆の本拠地、札幌ドームで決めて「うれしく思う」。ささやかな願いは通じた。

 大記録に王手をかけた翌日、母の日だった8日にふと思い出した。中学2年だった99年。最速は110キロ足らずで「野球は中学でやめようと思っていた」。そんな時、母純子さん(60)が学校に呼び出しを受けたという。当時はバスケットボールが得意。体育の授業で次々とシュートを決める姿を見ていたバスケ部顧問から将来性を見込まれた。野球からバスケへの転向話だったが、母は野球が好きだったため拒否したという。「あの時、断ってくれていなかったら今はない。オカンにホンマ感謝です」。球界を代表する鉄腕サウスポーの分岐点だった。

 昨オフは左肘を手術。投げ始めた頃の2月の春季キャンプでは「右手で投げているような感覚」だったという。出遅れたが、09年と12年のリーグ優勝に貢献するなど、豊富な経験と実績はダテではない。投げる度に違和感は消えつつある。次なる目標は「1試合でも多くチームの勝利に貢献したい」。酸いも甘いも知るブルペン陣の大黒柱は偉業を通過点に、これからもチームのために左腕を振り続ける。【木下大輔】

 ▼宮西が通算200ホールドを達成した。過去の達成者は山口(巨人=260)しかおらず、パ・リーグでは初めて。通算3位は浅尾(中日)で199。宮西はプロ1年目の08年から8年連続50試合登板のリーグタイ記録も継続中。連続50試合登板の記録は<1>岩瀬(中日)15年<2>秋山(大洋)9年<3>金田(国鉄)米田(阪急)宮西で、今年も50試合投げれば2位タイに浮上する。