個人的に秋場所のMVPを選ぶなら、嘉風だ。2横綱2大関2関脇1小結を撃破して、11勝を挙げて殊勲賞と技能賞をダブル受賞。33歳とベテランの域に達しながら、身長177センチと決して大きくない体全体を使って小気味よく動き回り、攻め続ける姿には、多くの相撲ファンも好感を抱いたことだろう。

 師匠の尾車親方(元大関琴風)も、感心しきりだった。2日目に白鵬を破り、鶴竜との対戦が組まれた3日目。NHKテレビの解説役だった尾車親方は、2日連続で横綱を倒した愛弟子を館内で見守り「夢みたいだったよ」と感慨深げに振り返った。

 実は、昨年秋場所も鶴竜を破った9日目は、同親方が解説だった。「(押し出して勝った)相撲も一緒。あれ、去年かなって思った。一緒の相撲。変な感じだったよ」。目の前で座布団が舞う光景の再現に、不思議な感覚に襲われていた。

 現役時代は膝の大けがを乗り越えて大関に昇進、幕内優勝も2回記録した「元琴風」でも興奮するほどの“快挙”。尾車親方は、弟子の快挙の意義についても力説した。

 「ヨシ(嘉風)は、これから横綱、大関になるというわけじゃないけど、この先50年たったとき、力が落ちたとボヤいている力士がいれば、嘉風のことを知っている親方が『昔は嘉風という力士がいて33歳になってから上に上がって、2日続けて横綱、大関を倒したんだ』って言えるだろう」。

 躍進の理由もある。それは、33歳になっても体をいたわる努力を欠かさぬことだ。「嘉風はトレーナーを大阪にも名古屋にも呼んで、勝ってる時も勝ってない時もケアをしている。金を使うところは使って、土俵に臨んでいるから、一番一番にかける集中力につながってるんじゃないかな。オレも現役時代は膝が悪くて、博多にいい先生を見つけて、東京の場所中でも相撲が終わったら羽田から福岡にいって、治療してもらって、朝イチで東京に戻って相撲を取っていたことがあったよ。ホテル代も含めて10万円ほどかかったけど、そこまでして勝ちたいという思いが大事なんだ」。かつての自分自身を思い出しながら、尾車親方はまたも力を込めた。

 嘉風は常々「記録より記憶に残る力士になりたい」と口にしている。師匠も目を細めた秋場所の活躍はまさに、人々の頭の中に末永く残るものだった。【木村有三】