<プロボクシング:55・8キロ契約10回戦>◇22日◇兵庫・神戸市立中央体育館

 元世界2階級王者の長谷川穂積(32=真正)が、ノンタイトル戦2連勝を飾った。北京五輪8強でWBC世界スーパーバンタム級18位アルツロ・サントス(26=メキシコ)に3-0で判定勝ちした。昨年4月のWBC世界フェザー級王座陥落後、スランプに陥ったが、新人時代のモチベーションを取り戻して復調。次戦は世界3階級制覇が懸かるスーパーバンタム級と、フェザー級の両にらみで対戦相手を調整していく。

 クールに戦うはずが、熱くなった。7回だ。ロープを背負いながら、長谷川はどつき合いに応じた。相手のスピードを上回る左右の高速連打に、地元神戸の観客が沸いた。だが、正面から打ち合うボクシングは今回のテーマじゃない。3-0の判定勝ちが決まった後、苦笑いで振り返った。

 長谷川

 途中で(山下)会長に今日の試合は面白くないですかって聞いたら「今回はそれでいいんや」って言われた。だけど、お客さんを意識してしまった。

 WBC世界バンタム級王者として08年6月から5連続TKO勝ちした当時は、驚異的な速さのパンチが武器だった。しかし、その後に2度TKO負けし「どつき合いになっていた」と山下会長。だから今回は、面白くなくてもガードを固める守備がテーマだった。

 前半は距離を取り、相手を冷静に見極めていた。ロープを背にしながらも、巧みなフェイントでかわした。終盤こそ打ち合いに応じたが、スーパーバンタム級でやれる手応えはつかんだ。「体は動いた。練習してきたことが50~60%は出せた。前回は5%しか出せなかったから」と笑った。

 昨年4月のWBCフェザー級王座陥落後、目標を見失った。ジムから足が遠のいた日々もあった。だが、空白の時間は無駄ではなかった。「すべての重み、背負ってきたものを1回下ろせた」。気力を取り戻すと、ボクシングがより楽しくなっていた。3週前に左太ももを肉離れしたが、この日は軽快に動き回った。

 世界前哨戦を制し、来年は勝負の年になる。挑む階級は、3階級制覇が懸かるスーパーバンタム級か、以前のフェザー級か?

 長谷川は「どっちでもいい」と言う。今後は来春をメドに、初の海外戦や、年明けに公認予定のIBF、WBOの王者も含めて、対戦相手を調整していく。「次の試合でチャンピオンになりたい」。気力と自信を取り戻した長谷川が、再び世界の舞台に挑む。【木村有三】

 ◆長谷川穂積(はせがわ・ほづみ)1980年(昭55)12月16日、兵庫・西脇市生まれ。元プロボクサーの父大二郎さんの影響で、小2からボクシングを始める。99年11月プロデビュー、03年5月に東洋太平洋バンタム級王座獲得。05年4月に世界初挑戦でウィラポンを破ってWBC同級王者となり、10度防衛。10年11月に2階級上げてWBCフェザー級王座を獲得し2階級制覇。身長168センチの左ボクサー。家族は泰子夫人と1男1女。<長谷川苦闘アラカルト>

 ◆“絶対王者”崩壊

 10年4月、11度目のWBC世界バンタム級王座防衛戦に敗れる。WBO(日本未公認)世界同級王者モンティエルに、4回終了間際に強烈な左フックから連打を浴びTKO負け。悔し涙を流した。

 ◆最愛の母の死

 10年10月24日に母裕美子さん(享年55)が、約4年間の闘病生活の末に死去。悲しみに暮れながらも、同年11月WBC世界フェザー級王座を獲得し2階級制覇達成。

 ◆2度目の世界陥落

 11年4月、WBC世界フェザー級王座初防衛戦で敗退。4回に相手のゴンサレスの右ロングフックを浴びてTKO負け。進退について「簡単に『やる』とは言えない」と発言。

 ◆骨折

 11年12月5日のスパーリング中に右肋骨(ろっこつ)を骨折。全治1カ月と診断され、同17日に予定していた再起戦が中止となった。