「ミスタープロレス」天龍源一郎(65)が9日、東京・後楽園ホール展示場で、今年11月を最後に現役引退することを発表した。会見では体調不良を言い訳にせず、あぐらをかいてファンに感謝の言葉を口にした。豪放磊落(らいらく)で、常に真っ向勝負。昭和のプロレスを支えてきた名レスラーは「プロレスラー廃業」と、潔くプロレス界から身を引く決意を語った。

 会見の途中、天龍は突然「1つお願いしたい」と席を立ち、テーブルの横にあぐらをかいた。「プロレスファンにありがとうございました」と両手をヒザの上に置いて、深々と頭を下げた。昭和のプロレスを支えた名レスラーは、不器用なやり方でファンに別れを告げた。

 天龍が、長女で天龍プロジェクト代表である嶋田紋奈(あやな)さん(31)に引退の意向を伝えたのは、昨年12月2日の大会後のことだった。「引退しようと思う」。初めて出た「引退」の2文字に、紋奈さんも父の覚悟を知った。「一時の気の迷いではないかと、何度も確認し、本人の気持ちの強さがわかった」と紋奈さんは言う。

 天龍は会見で「プロレスラーを廃業します」と、かつて相撲界で引退を表す言葉だった「廃業」を使うことで、プロレス界から完全に身を引く決意を示した。引退の理由について「ボクがプロレスを続けてこれたのは、うちの家族の支えがあったから。一番支えてくれた家内が病気で、今度はオレが支えていく番」と話した。妻まき代さん(58)は乳がんなどを患い、ここ最近、プロレス会場に姿を見せなくなっていた。長年支えてくれた家族への恩返しが、引退の一番の理由だと強調した。

 13歳で相撲界入りし、プロレスで39年。気がつくと、50年以上も格闘界で生きてきた。相撲でしこ名の天龍を名乗る際、先輩から「この名前をおとしめてくれるなよ」と忠告された。「それをかろうじて果たせたかな。プロレスに転向して良かった」。全日本からSWS、WAR、そしてフリーと激動のプロレス人生を送ってきた。その中で、団体、立場は違っても男っぽい激しいプロレスを貫いてきた。「馬場さんと猪木さんにフォール勝ちできたことが、オレの中の誇り」と思い出を語った。

 プロレスデビューの区切りとなる11月まで「天龍源一郎引退レボリューション・ファイナル・ツアー」と銘打ち、3月6日から引退興行が始まる。「さっと引くのもある意味カッコいいが、自分の中でけじめをつける意味での11月」。あと9カ月、大好きなプロレスを楽しむ時間が残っている。【桝田朗】

 ◆天龍源一郎(てんりゅう・げんいちろう)本名・嶋田源一郎。1950年(昭25)2月2日、福井県勝山市生まれ。63年12月に13歳で大相撲の二所ノ関部屋に入門。64年初場所初土俵。73年初場所に新入幕。幕内通算108勝132敗で、最高位は前頭筆頭。76年10月に全日本入り。90年に離脱し、SWSへ移籍。WARを経てフリーになり、WJ、新日本、ノア、ハッスルなど各団体に参戦した。3冠ヘビー級、IWGPヘビー級など獲得タイトル多数。189センチ、120キロ。得意技は、ラリアット、グーパンチ、DDT。