音楽評論家で社会派として知られるピーター・バラカン氏(64)が解説役をしていた深夜番組「CBSドキュメント」(~10年)は、毎週欠かさず見ていた。日本のニュース番組では報じられない米社会の街ダネや、いかにも米マスコミらしい国際ニュースの取り上げ方が興味深かった。

 CNNの国際版ニュースが当たり前になり、ネットで何でも見られる時代になっても、彼我のギャップの大きさにオヤッと思わされることは少なくない。

 米大統領選の共和党候補者争いで、暴言を繰り返すドナルド・トランプ氏(69)が依然として有力候補であり続けることなど、その典型だ。「メキシコ国境に『万里の長城』を作る」などの発言は絵空事にしか思えないのだが、カリフォルニアなど国境を接する4州の米国市民にとっては心に刺さるコメントのようだ。

 米=メキシコ国境を舞台にそんな実態を描いた「ボーダーライン」(ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督、4月公開)は、そんなギャップを飛び越えて、「深層」を突きつけてくる。

 「オール・ユー・ニード・イズ・キル」の女性戦士が印象的だったエミリー・ブラント(32)が演じるのはFBI捜査官。らつ腕ぶりを買われ、国境の街ファレスに投入される。国境をまたいだ捜査はCIAの主導で行われ、麻薬カルテルとの戦いは「戦争」の様相を呈している。

 アジトとされた建物を急襲すると、情報漏れでもぬけの殻。壁の中には何十体もの死体が塗り込まれていた。内通者、裏切り者への制裁だ。この序盤シーンで、ヒロインの驚きと恐怖が、見ているこちらのそれに重なり、一気に引き込まれる。

 メキシコ警察内にもカルテルに買収された人間が多く、誰を信じていいのか分からない。指揮を執るCIAの男(ジョシュ・ブローリン)や捜査隊の一員として参加している謎のコロンビア人(ベニチオ・デル・トロ)の拷問まがいの捜査手法は明らかに違法だ。

 「オール・ユー-」で肉体改造したというブラントはそのままの筋肉質でタフな捜査官にはまる。強さの中にちらちらとのぞかせる脆さにもリアリティーがある。「プラダを着た悪魔」で演じたメリル・ストリープのアシスタント役の繊細な演技を思い出す。

 国境の緊張感の話に戻すと、この1月にもメキシコ市の新市長が就任翌日に自宅を襲撃されて命を落としたというニュースがあった。麻薬一掃を訴えて当選した背景もあり、組織の存在が影を落とす。映画のリアリティーを裏打ちする事件だ。資料によれば、11年9月までの5年間で4万7515人が麻薬組織による犯罪や抗争で命を落としているというから深刻だ。トランプ氏の「万里の長城」が受け入れられる素地は十分にあるのだ。

 麻薬戦争の最前線が南米コロンビアにあった80、90年代の実態は、「エスコバル」(3月公開)で生々しく描かれている。麻薬王をデル・トロが演じていて、最前線がコロンビアからメキシコに移行していくいきさつを考えると、このデル・トロ〓(繋の車の下に凵)がりには妙な「一貫性」がある。共通する「ダークなコロンビア人」の演技は堂に入っている。

 知られざる「国際問題」という意味では、スリランカ難民の孤独な闘いを描いた「ディーパンの闘い」(12日公開)もある。「真夜中のピアニスト」などで知られる仏ジャック・オディアール監督が巧みに緊張感を演出したこの作品は昨年のカンヌ映画祭でパルムドール(最高賞)を受賞している。

 旧メディアの典型ともいえる「映画」の情報発信力をこのところ改めて実感している。【相原斎】