「恐縮です!」の突撃取材で芸能リポーターの草分けだった梨元勝さんが21日午前5時19分、肺がんのため都内の病院で亡くなった。65歳だった。女性週刊誌の芸能記者からワイドショーの芸能リポーターに転身して数多くのスクープを発信した。今年6月に入院後も病魔と闘いながら携帯電話などで取材活動を続け、死の直前まで芸能リポーターを通した。23日に行われた通夜、24日の告別式も近親者のみの密葬となり、後日、お別れの会を行う。喪主は妻玲子(れいこ)さん。

 梨元さんはがんと闘いながらも取材活動を続けた。ベッドの横には数台の携帯電話とノートパソコンを置き、ブログやツイッターで病床から旺盛にリポートした。8月17日のツイッターには「1人でトイレに行けないのが辛いです。応援メール本当にありがとう。励まされます。頑張りま~す!」と書き込み、死の2日前の19日に萩原健一とモデル冨田リカとの熱愛についてコメントした。それが最後のリポートになった。

 がんとの闘いは今年5月に始まった。4月ごろからせきが止まらず、大学病院で検査したところ肺がんと診断された。たばこは吸わなかったが、病状は深刻だった。がんを公表後、手術はせずに抗がん剤治療を続けた。副作用で髪の毛が抜け、やせ細った。8月5日に一時帰宅し、久しぶりに親子3人で夕食を食べたが、10日には拡張型心筋症で肺に水がたまった。16日から新しい抗がん剤治療が始まったが、その5日後に力尽きた。

 死の公表は亡くなってから2日後と遅れた。娘のタレント真里奈(30)は「この数カ月は今までの人生の中で一番、一緒に密な時間を過ごせたと思います。密葬という形は取材をし続けてきた父の遺志とは反するかもしれませんが、なかなか家族で一緒に過ごすことができなかったため、最後くらいは親族だけで送りたいという私たち家族のわがままです」とコメントで釈明した。

 梨元さんは68年に女性週刊誌「ヤングレディ」の取材記者となり、76年にテレビ朝日系ワイドショー「アフタヌーンショー」の芸能リポーターに転身した。芸能リポーターの認知度は低かったが、突撃取材を身上とする梨元さんは取材現場では常に撮影クルーの先頭に立って切り込んだ。相手が大スター、著名人であろうとお構いなし。「梨元です、恐縮です」とマイクを差し出してコメントを取る迫力があった。勇猛果敢な突撃取材は芸能人の間で恐れられ「梨元に言いつけるぞ」の言葉がはやり、芸能リポーターが注目される存在になった。

 当時、芸能ニュースは低俗という認識が一般的だったが、「たがが芸能。されど芸能。その中に人生のドラマがある」とその底上げに執念を燃やし、取材したニュース素材にも人一倍こだわった。テレビ局の思惑や事情でせっかく取材した素材がオンエア中止になった時は怒りの梨元になった。局幹部と話し合い、納得いかないと番組を降板しライバル局へと移籍した。スジは通す梨元さんは06年に東京でのワイドショーの仕事がなくなったが、地方局やサイト「梨元芸能!裏チャンネル」で発信し続けた。芸能報道に命をかけた42年だった。

 [2010年8月24日12時0分

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