J1歴代最多得点に並んだ広島FW佐藤寿人(33)の父政人さん(62)が、借金を重ねて双子の兄勇人(J2千葉)と弟寿人を支えた道のりを振り返った。

 寿人が小学6年のころ、佐藤一家は埼玉・春日部市から千葉・八千代市に引っ越した。父政人さんが営んでいた駅から徒歩10分のラーメン店は、しょうゆラーメン目当てのサラリーマンで、お昼時はにぎわっていた。だが、寿人の市原(現千葉)のジュニアユース入団が決まり、愛着のある店を手放すことになった。

 「息子たちに懸けていたわけではない。ただ試合を見たり、応援したかった」と政人さん。住んでいたマンションとラーメン店を売り払い2階建ての一軒家を購入。プロを目指して家族で第1歩を踏み出した。

 「引っ越すと庭や駐車場で練習できて寿人も喜んでいた。でも今思うと団地にしておけば、貯金ができたのにね」と政人さんは懐かしむ。順風満帆ではなかった。食料品を扱う会社に就職したが、寿人らが高校生になって市原のユースに昇格したころ、会社の社長が資金を持ち逃げし、あえなく倒産した。「まさか。目の前が真っ暗になる感じ。一番お金がかかる時期に一気に家計が苦しくなった。双子なのでかかるお金も2倍で…」。

 そんな事情を寿人には知らせなかった。市原ユース在籍時に「夏休みにオランダへサッカー留学したい」と切り出され、政人さんは困った。費用は約50万円。スーパーの正社員となっていたが、給料は以前の約3分の2。「パッと出せるお金はなかった。でも、息子たちにそんな姿は見せられない。寿人には内緒で兄に頼み込んでお金を借りました。好きな服を買う、お小遣いも渡せなかった」。

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 政人さんが、そんな苦境に立っていたことを息子に打ち明けたのは寿人がプロになってから。今、小学6年の息子を持つ寿人は「もし僕だったら、子どものためにサッカー選手をやめて会社勤めする決断はできない」と言う。感謝の気持ちは少しずつかえしている。2年前の還暦祝いには兄弟で自家用車(マツダのCX-5)を贈った。父の支えがあったから、日本で一番ゴールを重ねられた。【小杉舞】

 ◆佐藤寿人(さとう・ひさと)1982年(昭57)3月12日、埼玉県生まれ。市原(現千葉)ユースから00年、市原に入団。C大阪、仙台を経て05年に広島へ。12年のリーグMVP、得点王。日本代表として国際Aマッチ31試合4得点。千葉MF勇人は双子の兄。家族は夫人と2男。推定年俸は6000万円。170センチ、71キロ。