<ナビスコ杯:大分2-0清水>◇決勝◇1日◇東京・国立競技場◇4万4723人

 Jリーグに新たな風が吹いた。94年創設の大分が、J2時代から大分ひと筋9年目のFW高松大樹主将(27)の先制ゴールなどで清水を2-0で下し、初優勝を飾った。93年のJリーグ開幕後に誕生したクラブが、県リーグからスタートし、J1のタイトルを獲得するのは史上初の快挙だ。選手もグラウンドもない「ゼロ」からスタートし、今年で15年目。何度となく経営難、J2降格危機に面した地方クラブが、九州に初のJ1タイトルをもたらした。

 苦悩の歴史が、今、報われた。Jリーグの新たな1ページを飾る歓喜のホイッスルだ。ベンチに下がっていた高松が、シャムスカ監督の胸に飛び込む。初優勝。そしてMVPにも輝いた。「一番自分が大分で長いけど、いろんな経験をしたことが今日につながった。MVPは自分1人の力だけじゃない」。大分の歴史を知る主将に、ようやく勝利の女神はほほえんだ。

 昨年の残留争いが、生きた。しつこく、そして泥くさく。前線から守備陣まで全員が清水の選手に体をぶつけ、シュートコースに体を投げ出しピンチを防いだ。迎えた後半23分。右サイドからMF金崎のクロスを頭で押し込んだ。「(金崎)夢生がいいボールを上げてくれた」。清水DFの上でとらえたボールは、GKの手をはじきながらしぶとくゴール左隅へ。今季リーグ戦では30試合23失点。リーグNO・1の堅守を誇るチームにとって心強い主将の先制弾で十分だった。

 大分の歴史は、苦悩と、そこから懸命にはい上がる歴史だった。Jリーグ開幕翌年の94年に発足。母体となるチームも親企業もないゼロからの出発。マウンドを削って野球場で汗を流した。自前の練習場、クラブハウスはなく、シャワーは水道を浴びた。川沿いの練習場ではシャワー代わりの川で、おぼれかかった選手もいた。「入団したときは車の中で着替えることもあった」(高松)。それでもチームをJ1に上げたいという夢があった。

 94年に県リーグから出発し、JFL、J2にステップアップ。だが、3年連続で最終節にJ1昇格を逃した。高松は翌年入団が決まっていた高3の99年に、目の前でJ1昇格を逃す試合を見た。J1昇格後も毎年のように残留争いに加わり、スポンサー撤退、未払い問題が起こるたびにクラブ存続の危機にも立たされた。アテネ五輪代表に選出された高松には05年オフに浦和とC大阪から獲得オファーが届いたが、6000人を超えるサポーターの署名で残留を決意。「大分を、自分のクラブを優勝させるのが夢だった」。主将を任された今季、両足首の故障でチームを離れることが多かったが、大トリでミスター・トリニータの役目を果たしてみせた。

 今季予算は浦和の4分の1の約20億円。先制点を取って、みんなで守り抜く。これまでの苦悩で貧乏クラブのカラーをつくり上げた。親企業を持つ旧JSL(日本サッカーリーグ)勢とは違い、選手集めから始めたクラブにとって価値あるJ1タイトルだ。「(九州の)他のクラブにも刺激になったと思う。夢がひとつかなったが、次は違う歴史をつくれるようにしたい」。余韻につかる間もなく5日には天皇杯4回戦が控える。そして現在4位につけるリーグ戦との3冠が、次なる大分の野望になる。【村田義治】