<ナビスコ杯:清水1-2鹿島>◇決勝◇3日◇国立

 鹿島MF柴崎岳(20)が自らの2得点で、清水との激闘を制した。1-1で迎えた延長前半3分、巧みなボールコントロールでDFをかわし、右足で決勝ゴール。粘る清水を下し、2年連続5度目の優勝を飾った。ナビスコ杯5度目の制覇と史上最多の国内主要タイトル16冠は、ともに自らの持つ記録を更新し、最多となった。かつての「常勝軍団」も今季リーグ戦は現在13位と大苦戦。過渡期にあるチームにあって、若きエースが新時代を切り開いた。なお、優勝賞金は1億円、柴崎は大会MVPにも選ばれた。

 立役者のテンションが最高潮に達した。MVPを獲得したお立ち台での柴崎は「サイコーで~す!」。開口一番、大観衆が見守る国立のスタンドで勝利の雄たけびを上げた。喜びとともに漂う充実感。120分の激闘の中心に、新時代を予感させる20番がいた。

 延長に突入した直後、見る者が息をのんだ。DF西からのパスに反応して、自然と足に力が入った。伸ばした左足で大きくコントロール。「(狙いは)半々くらいだった」。食らいついた相手の頭上を越えて置き去りにする、自分自身への“スルーパス”だった。意表を突かれたDFを尻目に、加速した勢いのまま右足を振り抜く。タイトルを導く強烈なシュートが突き刺さった。後半28分には、エリア内で倒されPKを獲得。試合前にジョルジーニョ監督から託された通り、自ら決めた。

 文句なしのMVPに輝いた弱冠二十歳が、過渡期にある鹿島の未来を明るく照らす。00年に3冠を達成し、07年からリーグ3連覇。しかし、主力の高齢化と移籍による放出とともに、10年はリーグ戦4位、昨年は6位と順位を下げ、今年は現在13位と苦しむ。そんな中で世代交代の旗印として、高卒プロ2年目にして当たり前のように先発し、クラブ伝統の勝負強さを見せつけて優勝。それでも「引き継いでいくだけじゃ足りない」と言い切った。

 決して多くは語らないが、気の許せる仲間とは本音でぶつかれる。高校時代、全国大会で気の抜いたプレーをする先輩に向かって「いいかげんにしろ!」と、ハーフタイムに怒りのビンタを食らわせた。愚痴をこぼさず、弱音は吐かない。プロ入り前から、負けた悔し涙は競技場の外に出て階段で1人流した。この日もハーフタイムに主将の小笠原と対等に話し、昔から変わらぬ心意気で臨んだ。

 ジョルジーニョ監督も、柴崎のポテンシャルの高さに驚きを隠せない。「あのような選手と出会うことはなかなかできない。将来代表で活躍できる才能を持っている。でも残念なことに、短い期間で欧州でプレーすることになるだろう」。先月21日に青森市で後援会が発足し、鹿島と15年まで契約が残るが、国内の枠にとどまる選手ではない。

 日本代表ザッケローニ監督が見守る前での「御前弾」。1度招集されたきり、呼ばれそうで呼ばれない代表の舞台もそう遠くない。ただ「実力がつけば自然と呼ばれると思う」。鹿島の、そして日本の次世代に、柴崎の存在がきっとある。【栗田成芳】

 ◆MF初の決勝2発

 鹿島MF柴崎が2ゴール。ナビスコ杯決勝で2発は、97年第2戦の鹿島FWマジーニョ、98年の磐田FW川口信男、03年の浦和FWエメルソン、10年の磐田FW前田遼一に次いで5人目。過去4人はいずれもFWで、MFの選手の2得点は今回の柴崎が初めてになる。なお決勝で3得点以上は過去になし。<柴崎岳(しばざき・がく)アラカルト>

 ◆生まれ

 1992年(平4)5月28日、青森県上北郡野辺地町。

 ◆サッカー歴

 野辺地小2年から、野辺地スポーツ少年団で始める。青森山田中に進学し、3年で全国中学大会準優勝。青森山田高では1年から背番号10。2年時に高校選手権準優勝。

 ◆契約

 2年時の高校選手権後、鹿島と異例の早さで仮契約を結んだ。3年時の11年1月に正式契約。

 ◆代表歴

 中3時にU-15日本代表に選ばれて以来、世代別代表の常連。

 ◆東北魂

 MF小笠原が中心の「東北人魂を持つJ選手の会」に柴崎も発起人として名を連ねる。

 ◆プラチナ世代の旗手

 主に09年U-17W杯代表メンバーや92年生まれの若手の中心的存在。FW宇佐美、FW宮市らがいる。ナビスコ杯開幕と同じ年の生まれだが、決勝前夜祭で感想を聞かれると「特にありません」と司会者を一蹴。

 ◆家族

 両親と兄2人。

 ◆サイズ

 175センチ、62キロ。

 ◆血液型

 B型。