女子マラソンが初めて五輪で実施された1984年ロサンゼルス大会代表で、日本女子マラソンの草分け的存在だった永田七恵(ながた・ななえ、旧姓・佐々木)さんが27日に死去していたことが29日、分かった。関係者によると2年ほど前から直腸がんの治療を受けていた。53歳だった。

 岩手県出身。日体大までは中距離選手で活躍し、卒業後にマラソンに挑戦。瀬古利彦氏を世界のトップ選手に育てた中村清氏(故人)の指導を受けるため、教員を辞めてエスビー食品入りした。外国勢が優位だった東京国際女子マラソンでは83年の第5回大会を制し、大会初の日本人女王となった。19位だったロサンゼルス五輪後に結婚して引退。その後はエスビー食品陸上部のコーチや顧問を務めた。