兵庫・西宮市にある阪神2軍本拠地の鳴尾浜が約30年の歴史に幕を閉じた。代々若虎らが汗を流し、人気選手を生み出し続けたグラウンドや寮。沖縄・宜野座と具志川での春季キャンプに向け、先乗りしていないメンバーが飛び立つ前日の1月30日には最後の全体練習が行われた。キャンプ後は同・尼崎市の「ゼロカーボンベースボールパーク」に移転する。

1月30日、鳴尾浜球場での最後の自主トレを終えグラウンド整備する阪神の選手ら
1月30日、鳴尾浜球場での最後の自主トレを終えグラウンド整備する阪神の選手ら

新人記者の私にとって、この場で取材を行ったのは、およそ半年程度。取材以外でも、高校3年時に塾の授業の合間で観戦に来たことなど、さまざまな思い出はあるが、もちろん、寮に入り練習に励み、生活の拠点としていた選手らとは比にならない。

4年目の21年オフまで寮「虎風荘」で過ごし、2軍での出場も多かった島田海吏外野手(28)。沖縄に先乗りすることなく、1月末まで鳴尾浜で汗を流した。「いっぱい苦労してきたいろんな経験をさせてもらって、成長させてもらった場所」と感慨深い表情で感謝した。

思い出に残っているのはこの地で放った人生初めてバックスクリーンに直撃した1発だ。21年8月6日のウエスタン・リーグ広島戦に2番中堅で先発出場。台風が接近している中での試合だった。2-0の2回に迎えた第2打席。1死で走者は2人。当時広島の西武中村祐太投手(29)の投じた球を中堅方向にはじき返した。「センターフライだと思った」と感触を振り返るが、打球は風に乗り、バックスクリーンに直撃。「生まれて初めてです。思い出やなって感じです」と笑顔で話した。

21年8月6日、2軍広島戦で本塁打を放った阪神島田海吏
21年8月6日、2軍広島戦で本塁打を放った阪神島田海吏

3打数2安打4打点2四球の活躍。この試合を最後に、この年は2軍で出場することはなかった。続く22年、23年も2軍では6試合と、1軍で過ごす期間が長く、自身のターニングポイントともいえる試合が印象深いものとなった。昨年は2軍で過ごすことも多く、44試合に出場。今年の活躍を目指し「いっぱい失敗して、怒られた」と語る思い出の地で、最後まで練習に励んだ。

新2軍施設の最寄駅は阪神大物(だいもつ)駅。多くの選手が大物(おおもの)となる過程を見届け、取材、執筆し、今年の4月から2年目となる私も成長したい。鳴尾浜ありがとうございました。大物で私もより成長します。【阪神担当 塚本光】

1月30日、鳴尾浜球場の自主トレを見守る阪神ファン
1月30日、鳴尾浜球場の自主トレを見守る阪神ファン