母校・拓大紅陵(千葉)の監督に就任し2年。元ロッテの和田孝志監督(51)は、9年間のプロ野球、引退後の飲食店経営と、その経験を指導に生かしている。

19年夏、母校・拓大紅陵の監督に就任以来、挑戦の日々を語る元ロッテの和田孝志監督(2021年11月3日撮影)
19年夏、母校・拓大紅陵の監督に就任以来、挑戦の日々を語る元ロッテの和田孝志監督(2021年11月3日撮影)

アマチュア野球の指導者として、初めて選手を叱った日のことは、今でも鮮明に覚えている。それは16年、投手コーチとして就任当初のことだった。練習試合で県立高校に敗戦。試合後、ある選手が笑顔で楽しそうに話している姿に衝撃を受けた。「キミは負けて悔しくないのか。拓大紅陵に来て、つらい寮生活までして野球をする意味はあるのか? ここに来た意味を考えろ」と声を上げた。その日を境に、その選手の取り組む姿勢が変わり、翌年の夏には主力として活躍した。「親身になって話せばわかる。理解してくれる」と身をもって感じた。

選手に思いを伝えるには、飲食店経営で身に付けた観察力が生きた。お客さんの好み、興味、飲むペース。常に観察し接客した。「選手も同じ。何に興味があって、どんなタイプで、何が得意、不得意なのか。それを見分けるのに生きた。個々の本質を理解せず、自分のイメージだけで指導はできない」。言葉の伝え方も同じ。性格を把握し、どんな話に興味を持ってくれるのか。褒めるタイミング、叱り方。常に選手を観察する。「話し方が下手くそだと伝わりませんからね」。グラウンドでは厳しい監督も、普段はいい兄貴分。「今日も大谷、打ったなぁ!」と同じ目線で話をすれば、寮では気軽に選手の相談相手にもなる。メリハリをつけた指導が、選手との絆を深めている。

プロでの経験も生かす。「プロ野球にいて、何が一番重要か。それは、自分をあきらめないこと。自分はまだできるという気持ちが大切なんです」。2軍では主戦で登板するも、なかなか1軍から声がかからなかった。若い選手が1軍デビューし活躍する中でも「彼らができるなら、俺もできる」と、自分に言い聞かせた。たった1度のチャンスを待ち地道に練習を続け、大卒プロ8年目にして1軍初勝利を収めた。「最終的には自分をあきらめない。自分をあきらめたら、最後だと思う。目標を失わずに努力していたら、絶対にチャンスは来る」。この経験をもとに、選手たちにも語りかける。「絶対に活躍できると信じて取り組みなさい」と。

和田監督には、座右の銘がある。「自分を信じ、可能性をあきらめず、その日の最大限の努力を惜しまない。やり抜く力が、成功の秘訣(ひけつ)」。これは、プロ野球、飲食店経営の経験から、人生における大切な言葉を集めた。悩んでいる選手がいれば、野球ノートにこの言葉を書き込む。「人生、甘くはない。時間もかかる。でも、大事なことはスモールステップでも着実に階段を上がること」と、エールを送る。

成長段階の子どもに対し、監督の存在は大きい。時に、人生を左右することもあり危うさも含む。「私のアドバイス次第で、生徒の人生が変わる。私がしっかりしないと、生徒の人生がダメになる。それを認識した上で、慎重に指導したい」。選手を観察し、正面から向き合い、やる気を引き出す。名門復活へ。その歩みは、着実に前へと突き進んでいる。【保坂淑子】

(次回は、ホンダの木村コーチです)

◆和田孝志(わだ・たかし)1970年(昭45)10月7日、埼玉県生まれ。拓大紅陵では3年夏に甲子園出場。東洋大2年春の亜大戦でノーヒットノーラン達成。92年ドラフト3位でロッテ入団。02年引退。通算72試合で2勝3敗、防御率3・67。09年ロッテ2軍投手コーチ補佐。19年8月から拓大紅陵の監督。現役時は177センチ、75キロ。右投げ右打ち。