世界大会で何度も激闘を繰り広げてきた日本と韓国のOB戦が、22日にエスコンフィールドで初めて開催される。両国の熱戦といって真っ先に思い浮かぶのが、06年の第1回WBC準決勝。日本は1、2次ラウンドで韓国に連敗。負けられない一戦は、代打・福留孝介の決勝2ランで雪辱を果たした。同戦でマスクをかぶり、完封勝利に貢献した里崎智也氏(48=日刊スポーツ評論家)が、舞台裏を明かした。

06年3月、WBCの韓国戦で李承ヨプを空振り三振に仕留める上原
06年3月、WBCの韓国戦で李承ヨプを空振り三振に仕留める上原

★3回は負けない

日本は1次ラウンド、2次ラウンドで韓国に僅差で負けていた。0勝2敗で迎えた準決勝という流れだった。決勝進出へ向けて宿敵韓国戦と騒がれ、チーム内からも「韓国相手に3回も負けられない」という声が聞こえてきた。

しかし、私はこう感じていた。「3回は負けないっしょ」と。それは2試合の中でどうして失点したのか、なぜ打たれたのか、そしてどうすれば打たれないか、ほぼ分析は終わっていたからだ。韓国打線を抑える方法は、私の中で確立されていた。

韓国打線で注意すべきは李鍾範と李承ヨプ(スンちゃん)だった。前2戦で打たれているが、例えばスンちゃんにはスライダーを打たれるべくして打たれていた。インコースさえしっかり投げていれば、少なくとも試合を決定づける1発は浴びる可能性は限りなくゼロに近かった。

だから、私は「3回は負けないっしょ」と、ずっと強気、というか自然体で臨めた。さらに、ディフェンス面では確信があった。上原さんとのバッテリーとなったが、私は上原さんが先発した米国戦をベンチでじっくり観察する機会に恵まれていた。

★谷繁さん配球参考

その試合、先発マスクだった谷繁さんは、上原さんのスライダーを本当に効果的に使っていた。どうしても、上原さんという投手を思い描くと、精度の高いまっすぐとフォークを連想する。

だが、谷繁さんはペナントレースで上原さんと対戦して、そのスライダーの効力を熟知していた。だから、米国打線がフォーク狙いのカウントでスライダーを使い、的を絞らせなかった。それをベンチで見て、私は上原さんとバッテリーを組んだ時のイメージがしっかりと浮かんだ。

ゆえに、ディフェンス面で感じる韓国戦でのリスクはほとんどなかった。「点を取れば勝てる」。そう信じて疑わなかった。実際、試合が始まると、上原さんの制球は予想以上だった。

★ミットへ正確ボール

私の捕手人生で、唯一ボールを受けながら「これで負けたら俺の責任だな」とはっきりと感じたのは、その時の1回だけだった。上原さんのボールは正確無比。こちらが構えたミットに正確に投げてくる。首を振られることもない。「ああ、本当にこっちの狙い通りに投げてくるんだ」。そんな思いがよぎることなんて、プロの捕手をやっていていったい何回あるだろう。

それを国際試合の記念すべきWBCという大舞台の準決勝の韓国戦で味わうことができた。私はキャッチングに気を使うことはほぼなかった。構えたミットにきっちり素晴らしいボールが来る。あとは、視界に入る打者の反応に集中できた。韓国打線の反応は全部見えた。試合がはじまり、私の確信は、さらに強固なものになった。

「点が入れば間違いなく勝てる」。そう思っていた7回表の攻撃、ベンチで打席の準備をしていた私は、代打福留の打球を見て、心の中で思った。「これで勝った」。

06年3月、WBCの韓国戦で2点本塁打を放つ福留。投手金炳賢
06年3月、WBCの韓国戦で2点本塁打を放つ福留。投手金炳賢

ファンのみなさんはハラハラしたと思うが、上原さんと谷繁さんのバッテリーが米国戦で配球のヒントを与えてくださり、私の中ではもう韓国戦の行方は見えていた。

◆06年WBC準決勝 福留7回V2ラン

日本は1次ラウンド(●2-3)、2次ラウンド(●1-2)と韓国に連敗。2次ラウンドの試合後には、勝利に沸く韓国ナインがマウンドに韓国旗を立てた。迎えた3度目の対戦。日本は0-0の7回、1死二塁の先制の好機に、調子を落としスタメンを外れていた代打福留が右越えへ2ランを放った。さらにイチローまでの3連打など打者一巡の猛攻。先発上原は7回3安打無失点。薮田、大塚とつなぎ韓国打線を零封した。

※李承ヨプの「ヨプ」は火ヘンに華