読書の秋、記者が野球にまつわる本を紹介します。
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記者3年目でプロ野球の遊軍を担当している私にとって「雲は湧き、光あふれて」(須賀しのぶ著、集英社オレンジ文庫)は、忘れられない野球小説だ。3つの章からなるオムニバス形式で、第1章は補欠の代走、第2章は新人女性記者の奮闘、第3章は戦時中の高校野球が描かれる。
ここでは、自分の立場と重なる第2章を紹介する。入社前に手に取った本だが、実際に記者として働いてみると、そのリアルさに驚かされた。新人記者として現場に立つ緊張、取材の難しさ、上司の意図とのズレ-すべてが生々しく描かれている。
新人時代に主に担当した高校野球の取材現場は、まさに授業が終わる“午後4時からが勝負”。初めて訪れる学校。急ぎ足で準備を始める生徒たちや帰宅する生徒たちに逆行しながら、約束した待ち合わせ場所のグラウンドに向かう。その中で、どこに立てば邪魔にならないのかを考えながら立っていたあの時間が、今でも懐かしく思い出される。
監督室では、事前に用意した質問をぶつけたあとも、言葉を選びながら会話をつなぐ。黙っていても気まずく、頭の中では次の話題や質問を必死に探す。練習や選手の動きに目を配りながら、体中に力が入る。帰り道は、暗く見知らぬ田んぼが広がる道を歩きながら、今日の取材で足りなかったことを何度も反すうした思い出がよみがえる小説でもある。
相手を引き出す仕事だからこそ、自分の存在感は消す。好きだった野球を“仕事として見る”ようになり、純粋に楽しめなくなる瞬間もある。例えば、自分はそういう経験はなかったが、A選手のファンだったとしたら、趣味の野球ではA選手だけを見ていればいい。しかし仕事では、1軍の選手状況や練習内容、交代の意図、球団イベントの企画意図や発案者への取材、誰が合流・昇格したかなど、同時進行で神経を研ぎすませながら取材する必要がある。大勢いる選手の動き1つ1つに意味を探し、全体を俯瞰(ふかん)する感覚は、娯楽としての野球とはやっぱり別物だ。
さらに、記事の方向性や上司の意図も意識しながら、遊軍として複数球団の試合を担当し、球団広報や他社記者と良好な関係を築く難しさもある。それだけ神経を使うからこそ、休日に見る野球は純粋に面白く感じられ、人気スポーツである理由を改めて実感する。
それでも、仕事として割り切り、経験を積むことで、再びやりがいを感じられるようになった。野球を取材するということは、選手だけでなく、自分自身の野球への思いとも向き合うことだと、この本は教えてくれた。そして、この仕事でしか味わえない緊張と充実感が、記者としての自分を成長させてくれるのだと改めて確認させてくれた。【佐瀬百合子】(この項おわり)





