阪神監督、岡田彰布の今季限りでの退任が正式に発表された。2年契約が満了。これに伴い、藤川球児が後任候補として、新監督就任が決定的との報道が続いている。
岡田と藤川…。年の差は20。それでも「縁」を感じる2人の関係性。そこに人生の不思議さがある。
岡田は選手のことをニックネームで呼ぶことはほとんどない。鳥谷は「トリ」ではなく「トリタニ」。金本も「カネ」(時々言っていたが)ではなく「カネモト」と呼んだ。「名字ではなく、名前で呼ぶのは親やろ。だからオレは監督になっても、よほどのことがない限り、名字で呼ぶわ」。
例外があった。それが藤川だった。公式の場面では「フジカワ」と言うが、ほとんどが「キュウジ」だった。呼びやすさがあったのもそうだが、やはり2人を結ぶ関係性が、こういった表現になっていたのだ。
岡田が2軍監督時代にファームで汗にまみれていたのが藤川だった。そこで先発よりリリーバーでの適正があると判断したのが岡田だった。2004年、1軍監督に就任した際、球団との戦力検討の時に、藤川がトレード要員になっていることを知る。この時、ヤクルト、広島から話があったらしい。岡田は球団に申し出た。藤川を残すように、強く働きかけた。
このやりとりによって、のちに希代の名クローザーが生まれるのだから、本当に人生の不思議さを知る。
2005年のリーグ優勝のシーズン。藤川は意気に感じて投げまくった。あの中日とのもつれにもつれた一戦で、岡田は審判団に猛抗議。あわや放棄試合も、という中、ベンチの中から審判に猛烈な抗議に加わったのが若き日の藤川だった。
神宮球場で試合後、岡田に対し、スタンドから「選手をつぶす気か」という罵声が飛んだ。岡田はスタンドに近づき、その声に向けて「何を!」とやりあった。そこにいたのが藤川だった。間に入り、藤川は怒りの反論に出た。
そして2008年。逆転で5逸となり、迎えたCSファーストステージ。1勝1敗の3戦目。岡田は最後、藤川をマウンドに送り、ウッズにホームランを浴びて敗戦が決まった。すでに辞任することが決まっており、岡田の監督最後のゲームになった。
静かにベンチの奥に消えた岡田のもとに、スタンドからの「岡田コール」が聞こえてきた。関係者に促され、グラウンドに戻った岡田を待っていたのが選手たちの列だった。岡田は選手ひとりひとりに別れを告げた。最後に待っていたのが藤川だった。そこで生まれた名言。「お前で終われてよかった」。藤川は泣き、岡田も涙した。
あれから16年がたった。薄れた2人の縁が再び、戻ってきた。岡田から藤川へのバトンタッチ。2人の縁の濃さはやはり変わることがなかった。(敬称略)【内匠宏幸】(ニッカンスポーツ・コム/野球コラム「岡田の野球よ」)




