甲子園には魔物がすむという。大阪桐蔭は今年、春夏甲子園に出場したが、その幕切れは対照的なものだった。春は5年ぶり2度目の優勝。しかし、史上初となる2度目の春夏連覇をかけた夏は、まさかの展開から3回戦でサヨナラ負け。聖地で味わった喜びと悔しさ。その経験から、チームは再び偉業へ動きだした。

 何度も戦ってきたはずの甲子園が、表情を変えた。8月19日。大阪桐蔭は夏の甲子園3回戦で、仙台育英(宮城)と激突。春夏合わせて18度目の聖地で初めて、サヨナラ負けを喫した。

 先発柿木蓮投手(2年)が8回まで5安打無失点の好投を見せていた。打線は相手投手を攻めあぐねたが、8回に中川卓也内野手(2年)の左前適時打で1-0とリードに成功した。迎えた9回裏2死一、二塁。次打者の打球は遊撃手の泉口友汰(3年)の前に転がった。泉口から一塁手の中川へ転送。3アウト目を確信し柿木は笑顔でグラブをたたき、ベンチから選手がグラウンドへ集まり始めた。ゲームセット、かと思われた。しかし、判定はセーフ。中川の足が一塁ベースから離れていた。

 気持ちを入れ直し、ポジションに戻ったが、甲子園のざわめきはおさまらない。気付けば仙台育英アルプス席だけではなく、一般客までもが、ぐるぐるタオルを回していた。異様な雰囲気…。2死満塁、柿木が中越えの2点打を許した。まさかのサヨナラ負けに、ナインの笑顔は一瞬で涙に変わった。主将の福井章吾捕手(3年)は試合後「最後にスキが出た。それが負けにつながった」と話した。福井を中心とした団結力で、センバツから公式戦24連勝の負けなしで挑んだ夏。勝敗を分けたのは、たった1球だった。

 中川は振り返る。「(守備の連係を)基本はジェスチャーだったり声で確認しているんですけど、その時はピンチで自分にもあまり余裕が無くて、確認をあまり出来ずにいた。それでああいうミスにつながったんだと思います」。敗戦の後、中川は2年生全員一致で主将に選ばれた。新チームで徹底するのは「100%の確認」だ。「あの試合、『一生後悔しろ』と言われれば出来るぐらいのゲームだったんですけど、そこでずっと後悔してやっていてもチームにとってプラスにならないと思った。切り替えは難しいですけど、負けた悔しさ、1球の悔しさを忘れてはいけないと思った」。先輩たちと成し遂げられなかった史上初の2度目の春夏連覇を、再び一から目指し始めた。

 主将としてくじけそうになる時、支えてくれる言葉がある。あの敗戦の日、前主将の福井にかけられた。「お前が折れたらあかんぞ」。帽子のつばの裏にも、福井に書いてもらった「キャプテンでチームは変わる!」の言葉がある。「自分のミスで先輩の夢をつぶしてしまったので、今度は春夏連覇して、先輩たちに去年の負けがあったから、と言えることが今一番出来ることだと思う。そう出来るように、1日1日を無駄にせずやっていきたいと思っています」。試行錯誤しながら、偉業へと挑む。【磯綾乃】