履正社(大阪)が令和初の甲子園の王者となった。同校にとって春夏通じて初優勝。大阪勢としては夏の甲子園は2年連続14度目の優勝となった。

履正社は1922年(大11)の創立で、当時は大阪府福島商業学校として大阪市北区にあった。55年に校名が大阪福島商業高校に変更され、67年に現在の所在地である豊中市に移転が完了。83年に履正社と改称された。

豊中と甲子園-。履正社の野球部グラウンドは01年から茨木に移ったが、それまでは豊中で汗を流しており、第101回の夏の大会は深い縁がある地に優勝旗が渡った。

第1回全国中等学校優勝野球大会が開催されたのは、現在の大阪・豊中市玉井町3丁目にあった豊中グラウンドだった。そのため、豊中は「高校野球発祥の地」と呼ばれる。

17年4月には、豊中市の「高校野球発祥の地記念公園」の完成式典が行われた。「高校野球メモリアルパーク」が名称を変えてリニューアルされ、公園内には歴代優勝校、準優勝校の名前が並べられた壁が設置されている。

履正社初V。新たな100回へ第1歩の夏に、また新たな勝者が生まれた。