仙台育英(宮城)が下関国際(山口)に快勝し、東北勢として悲願の初優勝を果たした。同校は春夏合わせ4度目、東北勢は同13度目の決勝戦に臨み、初の全国制覇を達成。1915年夏の第1回大会から108年目、ついに大優勝旗が「白河越え」を果たした。

0-0で迎えた4回裏、1死三塁から4番斎藤陽外野手(2年)の右前適時打で1点を先制。さらに5回裏、2死三塁から1番橋本航河外野手(2年)、2番山田脩也内野手(2年)の連続適時打で2点を追加、3-0とリードを広げた。6回に1点を返されると、7回には無死一塁からヒットエンドラン。1番橋本が右中間を破る適時三塁打を放ち4-1。さらに1死満塁から5番岩崎生弥内野手(3年)の満塁弾で8-1。試合を決定づけた。

守っては背番号10の左腕、斎藤蓉投手(3年)が好投。5回まで無失点。6回に1点を失ったが7回を3安打1失点。8回は背番号11の高橋煌稀 (2年)が登板。2回を無失点に抑えた。宮城大会5試合、甲子園5試合と10試合すべて継投で日本一を達成した。

下関国際は先発古賀康誠(3年)から仲井慎(3年)の継投で臨んだが、仙台育英の強力打線を抑えきれず初優勝を逃した。山口県勢の64年ぶりとなる夏の甲子園優勝もならず。中国地区の夏制覇は1988年(昭63)の広島商が最後。平成以降は深紅の大優勝旗を持ち帰れていない。

<甲子園・東北勢の決勝>

1915夏 秋田中(秋田)1●2京都二中

1969夏 三沢(青森)0△0松山商(引き分け再試合)

1969夏 三沢(青森)2●4松山商

1971夏 磐城(福島)0●1桐蔭学園

1989夏 仙台育英(宮城)0●2帝京

2001春 仙台育英(宮城)6●7常総学院

2003夏 東北(宮城)2●4常総学院

2009春 花巻東(岩手)0●1清峰

2011夏 光星学院(青森)0●11日大三

2012春 光星学院(青森)3●7大阪桐蔭

2012夏 光星学院(青森)0●3大阪桐蔭

2015夏 仙台育英(宮城)6●10東海大相模

2018夏 金足農(秋田)2●13大阪桐蔭

2022夏 仙台育英(宮城)8○1下関国際

◆白河の関 勿来(なこそ)の関(福島県いわき市)、念珠(ねず)ケ関(現鼠ケ関、山形県鶴岡市)とならぶ奥羽三古関の1つ。栃木県との県境に近い福島県白河市に5世紀ごろ、蝦夷(えみし)の南下を防ぐとりでとして設置された。奈良時代から平安時代ごろには、人や物資の往来を取り締まる機能を果たした。白河関跡は国指定の史跡。関跡を境内とする白河神社には、源頼朝の挙兵を知った義経が鎌倉に向かう道中、勝利を祈願したと伝わる。西行、松尾芭蕉ら歌人、俳人も多く訪れ、名歌を残した。東北勢は甲子園で春夏通じて優勝がなく、悲願のVはこの関所になぞらせ「白河越え」といわれてきた。

◆仙台育英 1905年(明38)創立の私立校。生徒数は3996人(女子1883人)で全日制は特別進学コース、外国語コースなどがあり、広域通信制もある。野球部は1930年(昭5)創部で部員数82人。甲子園出場は春14度、夏は29度目。初出場は63年夏(初戦敗退)。初勝利は68年春。昨年までの最高成績は89年夏、01年春、15年夏の準優勝。主なOBは元ヤクルト由規、ソフトバンク上林誠知、ロッテ平沢大河ら。仙台市宮城野区宮城野2の4の1。加藤雄彦校長。