「紙のまち」から21年ぶりにやってきた川之江(愛媛)は、旋風を起こせなかった。同じ四国の高知中央に序盤で主導権を握られた。
大黒柱の山内太暉投手(3年)が誤算だった。1-1の3回、3連続四死球がからんで6失点。「自分の力不足。情けない投球をしてしまった」。7回に代打川崎聖翔(まさと)内野手(3年)の適時打などで3点を返したが、反撃が遅かった。
菅哲也監督(52)は「この大舞台で落ち着いてやるのは難しい。山内も本来は制球がいい投手。6回以降は川之江高校の戦いができました」と、悔しそうな表情を見せた。
レベルアップを求め、春にテーマを「心を通わせて」に決めた。「ノーエラーノック」に初めて挑戦。内野手約10人が35本連続ノーエラーで終える練習だ。初日は4時間かかっても終えられなかった。選手は失敗するたびにミスの原因を話し合った。2日目は1時間半で達成できた。
グラウンド外の行動も見直した。愛媛大会の終盤。休養のため早めに解散しても、選手たちは毎回、学校周辺のごみを拾って帰った。その姿を見ていた近隣住民から、甲子園決定後「あの子たちなら、きっと甲子園に行けると思いました」と手紙が届いた。
学校がある四国中央市は紙関連産業都市として発展した。愛媛大会翌日の7月29日、30日には「紙まつり」が盛大に行われたが、その中で川之江高野球部の優勝パレードを望む声もあったという。菅監督は「地域の方々もありがとうと言ってくれた。今日もアルプスにたくさんの方々が来てくださって…」と地元の支えに感謝した。
愛媛大会決勝でのこと。勝負がかかった同点の9回。山内太は打席に向かう途中、小さな紙くずをさりげなく拾い、ポケットにしまった。菅監督は「こんな緊迫した場面で、なんでこんなことができるんだろう」と驚いた。冷静にバットを握った山内太は安打で出塁。その後、タイブレークで劇的勝利を収めた。
丁寧に、心を通わせながら作り上げたチーム。前回出場した02年は4強入りの旋風を起こした。監督は「甲子園で勝って校歌を歌うのが目標でした。またチャレンジしたいです。選手には感謝しかないです」と言うと、目に涙があふれた。【柏原誠】

