昨年まで3年連続でセ・リーグを制した広島緒方孝市監督(50)が勇退することになった。4連覇を逃した今季は70勝70敗3分けの勝率5割。最後は6連勝の阪神にかわされ、4位に終わった。その責任を取る形でユニホームを脱ぐ。9月に入って球団へ辞意を申し入れ、水面下で慰留を受けていた。この日松田オーナーにシーズンについて報告し、退任を了承された。

会見では「1年目から、1年勝負の中でやっていくと。その決意は変わらず、今シーズンもやってきました」と説明。「自分の中では、目いっぱい、全力で最後までやり切ったなと。そういう思いでいます。ここから、ユニホームを脱いだ先のことは考えていないし、決めていないのが現状ですが、本当に一OBとして、選手たちを、カープを見守り、全力で応援していこうと思っています」と話した。

緒方監督は1年目の15年は4位に終わったが、16年に25年ぶりのリーグ優勝を遂げ、そこから3連覇。育成と勝利という、相反するテーマに正面からぶつかってきた。16年は1番田中、2番菊池、3番丸の「タナキクマル」を確立。17年は岡田、薮田、大瀬良を抜てきした。18年はタナキクマルを解体して活路を開いた。選手が入れ替わるのはあたりまえ。前年のチームに何をプラスできるか、寝る間も惜しんで考えてきた。

今季は逆風が吹き荒れた。不振の田中広を、将来を背負うレギュラーと信じて使い続けたが、調子が上がらなかった。中崎、フランスアをはじめ、救援陣が安定感を欠いた。3番に据えたバティスタは8月下旬にドーピング違反で離脱。自らの行きすぎた指導が大きく取り上げられたこともあった。「結果は監督の責任。言い訳はしない」。そう言い続けてきたが、心身へのダメージは重なった。優勝を逃した時点で、辞意を固めたとみられる。

健康面の不安もあった。3連覇した前年に続き、今年も終盤に体調を崩した。せきが止まらず、周囲に悟られないように病院に通い、点滴を打ちながら指揮を執ってきた。それでも、早朝からの映像チェックは愚直に続け、チームの打開策を必死に探った。たばこの量ばかりが増え、体は悲鳴を上げていた。

5年間続いた緒方体制が終わり、広島は新しい時代に突入する。まずは、新監督選定が急務となる。