私たちは甲子園で待っている--。驚異の粘り腰でCS進出を果たした令和の矢野阪神。戦前の予想を覆す大健闘とも言えるが、一方で予想通りの結果を残したのが観客動員だ。今季主催試合の観客動員309万1335人、1試合平均は12球団トップ。日本一の85年に球団初の200万人を突破したが、今や甲子園のチケットはプラチナペーパーとなった。今回は猛虎知新特別編として、元ニッカンのトラ番で元大阪・和泉市長の井坂善行氏(64)が、日本シリーズ開催を待つ甲子園の阪神ファンに迫る。

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黄色い風船に染まった甲子園からは、想像すら出来ないだろう。私がトラ番を拝命した時代、甲子園は内野席、いわゆるアルプススタンドを開放せずに試合を行った。銀傘下と外野席だけで、客足によって当日券を売り出し、順次一塁側、そして三塁側のアルプススタンドに観客が入っていくシステムだった。

ただし、これはBカード時の対応で、Aカードはアルプススタンドも指定席の前売り券を発売していた。Aカードとは、巨人戦。つまり、当時は阪神といえども、巨人あっての阪神であって、観客動員力においては球界の盟主と呼ばれた巨人の足元にも及ばない程度の球団だったのだ。

『流れ』が変わったのは、34年前の85年である。トラ番だった私は、阪神が勝ち進むにつれ、ビジターゲームに大きな変化を感じた。

これまでは、球場の片スミで応援していた阪神ファンだったが、東京に行っても、名古屋、広島に行っても、黄色い軍団が徐々に増えていき、ついにはホームチームの応援団を上回る阪神ファンが詰めかけるようになった。以来、この現象は今でも続いている。

今では、甲子園の阪神戦にAカードもBカードもない。相手がどこであっても、甲子園のチケットはプラチナペーパーと化した。今季、主催試合観客動員数が309万1335人、1試合平均4万2935人は球界ナンバーワン。リーグ優勝を決めた、かつてのAカード・巨人をも打ち破る数字を残した。

34年前の85年、阪神は日本一効果によって、悲願だった観客動員200万人突破(260万2000人)を果たした。阪急、近鉄、南海という在阪パ3球団が100万人動員に到底届かなかった時代のことである。以来、チーム成績によって増減はあるものの、阪神の観客動員力は球界を代表するまでに『地力』をつけた。

しかし、侮ってはならないのが、甲子園に足を運ぶ野球ファンの『眼力』である。甲子園の野球ファンは、実に野球をよく知っている。矢野監督が就任以来「ファンを喜ばせたい」と話すのも、大きな後押しとなると同時に、その怖さも知っているからではないだろうか。

阪神ファンは甲子園での日本シリーズを待つ。セ本拠地は22日からの3連戦となっているが、高い高いハードルを乗り越え、勝ち上がってきた阪神を、どんなに熱狂的に迎えるだろうか。その可能性は現実にある--。

◆今年の阪神企画の1つである「猛虎知新」の執筆を依頼されたこともあり、甲子園には結構出向いた。私がトラ番だったころのように、当日券を求めて入場券売り場に長蛇の列が出来るような光景は見られなかった。その代わり、電車を降りた阪神甲子園駅では「本日の入場券はすべて売り切れました」のアナウンス。改めて阪神人気のすごさを感じさせられるばかりだった。

あと1つ、ずっと気になったのが、今のトラ番連中はどうやって取材をしているのか、ということである。球団の取材規制も厳しくなっているようだ。私の時代は練習を終えた選手が、ロッカーに上がるまでの間、関係者サロンの喫茶「蔦」に立ち寄ることがあった。故・小林繁さんからは、気が向くと「コーヒーおごってくれる?」という誘いを受け、コーヒーを飲みながら取材させていただいた思い出がある。安月給でも、コーヒー代ぐらい安いものと思える中身の濃い取材が出来た。

多分、今の時代なら、こうした取材は難しいだろう。その分、携帯電話があるし、スマホでのメールやLINEのやりとりになるのだろうか。時代は移り変わっても、読者のニーズが大きい阪神情報は、同業他社との競争は想像に難くない。ストーブリーグの情報もさることながら、ここしばらくは、CS決戦における野球の情報に興味がある。大一番の舞台の裏側で何を考え、何が起こっているのか。取材方法は違っても、読者に伝える使命は不変だ。阪神同様、こちらも健闘を期待したい。