「松坂世代」の主役は譲らない-。レッドソックス松坂大輔投手(28)がオフ真っただ中でも、推測150キロ直球で4回7奪三振を奪った。21日、横須賀スタジアムで「横浜高校1998VS55CHALLENGERS」のチャリティーマッチに出場。10年ぶりに横浜高のユニホームを着て先発、3回を無失点に抑え、9回には再び登板して3者連続三振の快投を見せた。打っては4番で4打数3安打2打点と爆発した。

 伝説を作った闘争本能は体に染み付いていた。9回表2死二塁。2度目のマウンドに上がった松坂の前に、98年夏と同じ光景が広がっていた。打席には甲子園決勝で最後の打者となった京都成章出身の田中勇吾氏。あの時と同じスライダーで見逃し三振を奪うと、中堅方向を向きガッツポーズ。笑顔がはじける。試合には負け、当時樹立したチーム44連勝は止まった?

 が手抜きは全くなかった。

 横浜村田との2度の対決では、直球で2奪三振と封じた。かつての女房役だった小山良は「140キロは出ていた」と確信。2三振の広島東出も「体感では150キロ」と目を丸くする。それでも松坂は「最低限、あれぐらい投げられて良かった。今の時期、打者は速い球とか変化球は打てないでしょう」と涼しい顔だ。「勝てれば良かったですけど」と悔しさをにじませたのは本気モードの証しだった。

 あれから10年、日本だけでなく世界を代表する投手にまで駆け上がった。この先10年に「(こういう試合を)要望があればこたえたい。それまでぼくらが頑張ってないといけない」と話した。来年3月のWBCでは横浜村田、阪神藤川ら同い年の選手と日の丸を背負う。「楽しみですね。世界に向けて、この世代が引っ張っていきたい」。松坂世代が織りなす足跡が、日本野球の伝説になる。【今井貴久】

 [2008年12月22日8時41分

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