僕らはもっと究極の状態で生きている人々を想像するべきではないだろうか。戦争の話題になると、どこかひとごとで愛想笑いまで飛び出すことがある。在日ウクライナ人が渋谷で反戦デモを行えば、群がるのは携帯を持ってそれを撮る日本人。映像を拡散すれば何かメッセージになると言う人もいるかもしれないが、本当に大切なことはそこではない気がする。

ウクライナではプロボクシング元3団体統一ライト級王者で、世界最速の世界3階級制覇も成し遂げたワシル・ロマチェンコ選手が母国防衛のため軍に入隊したとSNSで報告した。また、国際プロサッカー選手協会(FIFPro)は、ウクライナ人のサッカー選手ビタリー・サピロとドミトロ・マルティネンコの2人がロシアによる侵攻で死亡したと発表した。Jリーガーから格闘家となった僕には人ごととは思えないニュースだった。

この戦争はプーチン大統領が悪いという見方が広まっているが、ふと最前線にいる兵士を想像すると、とてつもない緊張感の中にいると思う。比べることはできないが、少なからず僕もリングに立つ前は命を落とすかもしれないという覚悟を決める。もちろんそうならないために練習があり、分析がある。同じではないことはわかっているが、それだけ準備をしても毎回とてつもなく怖い。そんな兵士が暴走をすることだってあると思う。

普通では考えられない精神状態で最前線に入れば、やられる前にやってやろうと思ってしまう心理状態を少しだけ理解できる。だからといって戦争を擁護しているわけではない。どれだけプーチン大統領が言っても制御の利かない精神状態になっていることを考えると、全てが誰か1人のせいではなくなると思う。

ロシアとウクライナの問題は今に始まったことではない。僕はジャーナリストでもなければ学者でもないので細かいことをここで書くつもりはないが、少なからずある程度の知識を持ってこのコラムを書いている。そこで改めて思うことがある。明日の命を守るのは誰なのか、ということ。ロシアがウクライナを攻撃して住民が巻き込まれている。もちろん兵士だから犠牲になっても仕方ないと言っているわけではない。ただ、戦う気のない人を攻撃することほど無知で羞恥なことはないと思う。

僕ら日本人は被爆国として、もっと真剣に当事者意識を持ってこの問題を考える必要があると思う。昨年101歳で亡くなった祖母が言っていた。

「戦争なんて誰も幸せにしない」

戦時下の状況で冷静な判断ができる人などいやしない。だからばあちゃんは思ったんだ、と。2度とこんなことが起きないよう、息子や娘、孫やひ孫にこんな体験はさせたくない。そしてこんな日本を後世に残してはいけないんだと。祖母の力など大したものではなかったかもしれないが、その思いが今の日本を作ってくれている。

祖国のために立ち上がり、戦いに向かう勇気を言葉では説明ができない。同じアスリートが戦地へ向かう精神を僕らは理解することができない。だからこそ、これを対岸の火事だと思わず、もっと真剣に思いっきり人生を生きるべきなのではないか。命をかけて、命を燃やして、魂の叫びを行動に変えて、この時代を生き抜かねばならないのではないか。

僕は安パイな人生ではなく、自分の人生にBET(ベット)した。だからこそ手に入れることができた。無謀なことにBETしたのではなく、しっかりと準備と努力をした。

「自分の人生に自信を持つ」

今こそ、平和な時にこそ、もう1度自分の人生を考え直し、好きなことに挑戦するべきだ。それは身勝手でわがままなことではなく、社会に貢献できることで挑戦するべきだ。明日があるって誰が決めた。極限の状態で夢や希望は語れても、その実現に向けて動くことはできない。しかし、僕らはそれができる。「自分の人生を生きる」ことの意義を見いだし、結果的にそれが後世につながれば、戦争で苦しむことはなくなるのではないかと思う。祖母が念じて願ったその思いを僕は継承したい。

今、この瞬間を生きる場所を見つけてもらいたい。誰にでもできる。今の日本が多くの犠牲者のもとに成り立っているからこそ、僕らには自分の人生を全力で生きる義務がある。同じアスリートの死を無駄にしないためにも、僕は自分の人生を全力で生きる。どこかで誰かの勇気になるまで。(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「元年俸120円Jリーガー安彦考真のリアルアンサー」)


◆安彦考真(あびこ・たかまさ)1978年(昭53)2月1日、神奈川県生まれ。高校3年時に単身ブラジルへ渡り、19歳で地元クラブとプロ契約を結んだが開幕直前のけがもあり、帰国。03年に引退するも17年夏に39歳で再びプロ入りを志し、18年3月に練習生を経てJ2水戸と40歳でプロ契約。出場機会を得られず19年にJ3YS横浜に移籍。同年開幕戦の鳥取戦に41歳1カ月9日で途中出場し、ジーコの持つJリーグ最年長初出場記録(40歳2カ月13日)を更新。20年限りで現役を引退し、格闘家転向を表明。同年12月には初の著書「おっさんJリーガーが年俸120円でも最高に幸福なわけ」(小学館)を出版。オンラインサロン「Team ABIKO」も開設。21年4月に格闘技イベント「EXECUTIVE FIGHT 武士道」で格闘家デビュー。初戦、8月27日の第2回大会と2戦連続でKO勝利し、12月10日の第3回大会も判定勝ちで3連勝中。22年2月16日にRISEでプロデビューし、初勝利を挙げた。175センチ、74キロ。