10月30日から順次、全国公開されているドキュメンタリー映画「相撲道-サムライを継ぐ者たち-」(坂田栄治監督)の関係者試写会をつい先日、鑑賞させてもらう機会があった。生死をかけるほど、と言ってもいい体を張った力士の生きざまが、臨場感たっぷりの音響効果もあり迫力ある映像で描かれている。

「200キロある人がぶつかってくる、毎日が交通事故です」という信じ難いような言葉を、淡々とした口調で発する妙義龍の話しっぷり。予告編にある300キロ超あるトレーラーのタイヤを持ち上げてはひっくり返し、前に進むトレーニング。話には聞いた事があるが、実際に見る映像は鬼気迫るものがあった。命にかかわるほどの病苦を乗り越えた竜電の柔和な表情…。ネタバレになるから詳細は映画を見てのお楽しみ、として久しぶりに相撲を堪能した気分にさせられた。ただ…。

試写が終わり館内に明かりがともされると、一気に現実に戻された。ああ、今は違う、これは現実じゃないんだ…と。力作にケチをつけるつもりは毛頭ない。我々は日々、相撲の取材に携わる、いや携わっていた者にとって、104分間の映像の世界も、今は非現実なものにしか映らない。ちょっとした嫉妬のような…と言えばいいのだろうか。そう、コロナ禍がそうさせてしまっている。

映画の撮影は、コロナ禍など無縁な18年の年末から半年の間に行われたという。大歓声を上げる両国国技館のファン、間近で力士の心理を読み取れる力士の表情など、コロナ禍で取材制限や入場制限がかけられた今となっては、夢物語のようなシーンの連続に見えてしまう。ああ懐かしい…と隔世の感さえ覚えてしまったのだ。

そんな無力さを感じる中でも、困難を克服したおとこ気ふれる登場人物の姿からは「我慢」の大切さが伝わってくる。今はジッと我慢の時。無観客開催の春場所からやっと半年がたち、10月からは力士の稽古取材も人数制限や期間が限られる中でも、開かれてきた。牛歩の歩みではあっても、あの映画に映し出された「現実」に少しずつでも近づいてくれたら…。我々も今は、しばしの我慢を受け入れるしかない。

11月場所(11月8日初日、東京・両国国技館)では復活を果たした力士たちが、続々と名乗りを上げている。大ケガや大病を克服し番付を戻してきた彼らにとっては、その「我慢」がキーワードになったのではないか。まず東西の小結には大関経験者が復帰。東の照ノ富士(28=伊勢ケ浜)は大関経験者として平幕陥落後の新小結、三役経験者として序二段降下後の三役復帰は、ともに史上初めての復活劇。つい1年前まで大関だった西の高安(30=田子ノ浦)も、4場所ぶりの三役復帰。ともに「再大関」への足掛かりをつかもうとしている。

幕内返り咲きの千代の国(30=九重)も幕内→幕下以下→幕内の昇降2回目は史上3人目。関取復帰の宇良(28=木瀬)は16場所ぶりで、幕内→序二段→十両復帰のV字回復は照ノ富士が先例になった。約6年前に小結を経験し、金星獲得者でもある常幸龍(32=木瀬)は10場所ぶり2度目の再十両だ。

日常を取り戻し、本場所も通常開催できるまでに、まだ時間はかかるだろう。そんな中でも、相撲道を受け継ぐ力士たちは歩みを止めない。それが力士としての生き様。どん底からはい上がってきた彼らの、復活の土俵に注目してみたい。【渡辺佳彦】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「大相撲裏話」)