日本語を巧みに操る外国出身の力士たちを見るにつけ、その熟達ぶりに感心させられる。彼らがどうやって日本語を学んでいったのか。そんな疑問を持ちながら取材に当たっていた際に、新大関の豊昇龍(24=立浪)が日本語を習得するまでの過程を知る機会が訪れた。

きっかけは、あるバラエティー番組に出演した豊昇龍の異変を感じ取ったことだ。テレビ画面を通した表情は、普段の取材で見せるあどけない笑顔は影を潜め、どこか寂しげに見えた。無理もない。番組内で司会者からずっと日本語のイントネーションをいじられていた。

慣れないバラエティー番組で緊張を解きほぐす意味もあったかもしれないが、放送された番組内での豊昇龍の出番のほとんどが日本語の言い間違いだった。記者が改めて番組を見返すと、番組中に話した豊昇龍の日本語は全てはっきりと聞き取れた。オーバーなリアクションで日本語の言い回しを笑いにすることは行き過ぎではないかと感じた。

関係者への取材から、豊昇龍が強くなりたい一心で日本語を習得していった苦労を聞いていただけに、配慮の欠けるように見えた演出がなおさら残念だった。本当は憧れのおじの元横綱朝青龍のドルゴルスレン・ダグワドルジ氏のことや、相撲界の魅力をもっと話したかっただろう。後日、本人に尋ねた際に、「番組見ていないんだよね」と切なそうに話す姿が忘れられない。

日体大柏高校時代の恩師で日本語講師の岡田有美子氏は、番組の放送直後に会った豊昇龍から「先生、俺の日本語って変?」と聞かれたことを悲しそうに打ち明けた。「全然、変じゃないよ。高校時代よりずっとうまくなっているよ」と答えたのは本心だった。相撲部屋という独特な環境で生活するうちに、どんどん日本語がレベルアップする教え子の姿に驚いていた。それだけに番組の演出には疑問を感じた様子だった。

数ある言語の中でも、日本語は世界的に難しい言語の一つと言われている。米国務省の「外国語習得難易度ランキング」によると、英語が母語の人が外国語を学習する場合、日本語は最も学習に時間のかかる言語だという。日常的、専門的なコミュニケーションにほぼ支障が出ないレベルに達するまでには、およそ88週間(2200時間)を要する。

モンゴル語が母語の豊昇龍にそのままあてはめることはできないが、海外では日本語を学ぶハードルが高いことが容易に想像できる。それだけに、今の豊昇龍ら外国出身の力士たちが日本語を話す姿を見ると、一体どれほどの歳月をかけてここまでのレベルに到達したかを考えずにはいられない。

来日当初はほとんど日本語が話せなくても、部屋での集団生活を通して相撲界のしきたりを学びながら、徐々に環境に適応して言葉を習得していく。当たり前に見える過程の中にある大変な苦労や努力を想像してみるだけで、異国の地からやって来た力士たちへのリスペクトが生まれる。自分なりの言葉で、一生懸命に発する姿にもっと敬意が払われてもいいと思う。

26日に名古屋市内の立浪部屋で行われた大関昇進の伝達式で、豊昇龍は「気魄一閃(きはくいっせん)」の4文字熟語で口上を述べた。その心は「どんなことがあっても力強く立ち向かっていく」という決意を込めた。初土俵から5年半で看板力士に上り詰めた24歳。難解な日本語を堂々と披露する姿が、ひときわかっこよく見えた。【平山連】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「大相撲裏話」)

大関昇進伝達式を終え、タイを手に笑顔を見せる新大関の豊昇龍(中央)、同左は立浪親方、右は境川親方(撮影・平山連)
大関昇進伝達式を終え、タイを手に笑顔を見せる新大関の豊昇龍(中央)、同左は立浪親方、右は境川親方(撮影・平山連)