曙さんを格闘技界にスカウトした旧K-1のイベントプロデューサーだった谷川貞治氏(63)は「今朝(11日)いろんな人から連絡がありました。K-1の最大の功労者。何度もご自宅にお伺いしたし、特に思い入れが深い方でした。まだ若いですし、本当にショックです」と、無念そうに故人をしのんだ。

谷川氏は2003年11月、大相撲九州場所が行われていた博多に出向き、当時後進の指導にあたっていた曙親方をアポイントなしで訪問。同年大みそかの『K-1 Dynamite!!』で、人気格闘家ボブ・サップと対戦してほしいと直談判した。

「朝稽古に行って、携帯電話で『谷川です、外で会ってくれませんか』とお願いして、契約書を見せて『相手はボブ・サップです』と正面から切り出しました。最初は笑われたり、怒られたりするのかと心配していたけど、彼は『ボブ・サップかあ』と言うと、電信柱に向かってシャドーボクシングをするしぐさを見せた。すぐに食事行きませんかとお誘いして、そこで口説き落としました」と谷川氏は振り返った。

当時は空前の格闘技ブーム。03年の大みそかは日本テレビが「INOKI BOM-BAーYE」、フジテレビが「PRIDE男祭り」、そしてTBSが「K-1 Dynamite!!」を中継予定で、3つのイベントによる熾烈(しれつ)な争いは“格闘技戦争”とも呼ばれていた。

「K-1は後れを取っていて、何か起死回生はないかと考え抜いた末に、当時、K-1の主力選手だったレイ・セフォーが練習していたジムに、曙さんがトレーニングに来ていると聞いていたこともあり、口説いてみようと思ったんです」(谷川氏)。

元横綱の知名度は想像を超えていた。11月末にK-1転向とサップとの大みそかデビュー戦を発表すると、谷川氏はそのインパクトの大きさと注目度の高さに驚いたという。

「解説は貴乃花と古賀稔彦、そして清原和博。ゲストがマイク・タイソンとヒクソン・グレイシー。フジテレビでMCをやっていた藤原紀香と長谷川京子もこっちに来た。国歌斉唱は小柳ゆきとスティービー・ワンダーですよ」。視聴率は民放で初めてNHK紅白歌合戦を超える43%を記録した。

もっとも格闘家の曙さんは勝てなかった。注目のサップ戦は1回失神KO負け。その後も日本人の武蔵、K-1王者ボンヤスキーらと対戦して5連敗。結局、キックボクシングの戦績は1勝9敗(5KO負け)。総合格闘技でもホイス・グレイシー、ボビー・オロゴンに敗れるなど4戦全敗。その後、プロレスに戦いの舞台を移した。

格闘家として大成できなかった理由について谷川氏はこう分析する。

「ハワイアンの体質というか、楽観的なんですよ。試合を受けるのも“大丈夫ですよ”という感じで。残念だったのはあまり練習しなかったこと。私も『横綱、もう少し練習した方がいいですよ』と言ったんです。でもあの体があるから練習しなくても勝てると思っていたんでしょうね。それでも曙効果でどの試合も視聴率をとりましたね」。

05年8月の「W-1」で曙さんとグレート・ムタの一戦をマッチメークしたのも谷川氏だった。

「よかったですよ。格闘技よりプロレスに向いていると思いました。その後、本人からも『頑張ってますよ』と聞いていたのですが、最近は10年以上会っていませんでした。訃報を聞いて、もっと会っておけば良かったという思いが強いですね。残念でならないです。心よりご冥福をお祈りします」と、谷川氏はあらためて故人の死を惜しんだ。