実りの秋、といいますが熱海富士にとっては本当に実りの多い秋場所でした。優勝こそ逃しましたが、100点満点で100点をあげたいですね。では十分ではなく十二分、つまり120点を取るには何が足りないか。それは緊張感とか土俵人生、人生経験で足りないものであって、これはいくら稽古で努力しても無理です。その補えない分を今場所、自分のものにしたと思います。再入幕の東前頭15枚目の番付で、後半5日間は大関、関脇、小結前頭2枚目と戦いました。これは何物にも代え難い経験です。

熱海富士のコメントで感心させられたのは、自分で稼いで親に楽をさせてあげたい、というニュアンスの言葉です。若い人の中には「何をダサいことを」と言う人もいるかもしれませんが、恥ずかしがらずに言える、自己主張できるのは立派だし、すてきなことだと思います。まだ21歳ですが、いい人生を送っているなと感じます。相撲は、まわし1枚の裸一貫で成り上がれるジャパニーズドリームの世界です。このコラムを、たまたまでもいいから目にしてくれる若い子たちが、そんな夢をつかめる世界だと感じてくれたら、私としてもうれしい。熱海富士が、そのことを体現してくれた秋場所でした。

優勝決定戦で、その熱海富士に注文相撲で勝った貴景勝には、いろいろな意見があるでしょう。応援してくれる人から見たら、真っ向から当たっていく姿を見たかったでしょう。一方で経験上、私の中でも貴景勝の気持ちは分かります。ただ、横綱に上がったら、あの相撲は取れません。どんな相手だろうが真っすぐに行くしかないのが横綱。その横綱になろうとする人も同じです。九州場所は綱とりになるでしょうから、優勝決定戦で見せた相撲は、これが最後になるのではと思います。あとの判断は審判部にお任せしましょう。

今場所は熱海富士、先場所は伯桜鵬と、2人とも千秋楽まで優勝の可能性を残し、もし優勝すれば歴史的なスピード記録でした。若い人が続々と芽を出していますが、今場所は十両で大の里の台頭が目を引きました。学生時代は四つ相撲が持ち味だったようですが、プロに入って体を生かした突き押しでここまで番付を上げています。恐らく幕内下位ぐらいまでは、今の相撲を取り続けるのではないでしょうか。将来的には柏戸さんや佐田の山さんのような、突っ張ってからの四つ相撲に磨きをかけるのではと思います。とにかく将来が期待されます。今、名前を出した若手で誰が主役になるのか、これも来年の楽しみです。

五輪予選を兼ねたバレーボールやバスケットボールのW杯、開催中のラグビーW杯やアジア大会と、夏からスポーツ界のビッグイベントがめじろ押しです。そんな中、相撲も15日間、満員御礼が出ました。これだけの固定ファンが相撲にはいます。さらに伸ばすためにも新しいものを取り入れるなど相撲界も頑張ってほしいと思います。

最後に恒例となった? 独自に選ぶ今場所の三賞です。殊勲賞と敢闘賞に熱海富士、技能賞には今場所、10勝中6勝を肩すかしで決めた翠富士を選びました。では相撲ファンの皆さま、残暑が続きますが、お体には気をつけて一年納めの九州場所を迎えてください。(日刊スポーツ評論家)