九州場所7日目(18日)に、大相撲史に残るかもしれない行司の好判断があった。合計約6分40秒にも及んだ北青鵬-翠富士戦でのこと。水入りとなった一番で、幕内格行司の木村寿之介(56=大島)が両力士を止めた後、足の位置を塩で記録した。この的確な動きは、準備に裏打ちされたものだった。寿之介に聞いた。【取材・構成=佐々木一郎】

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-水入りの指示は審判の親方からの指示ですか

寿之介「審判長(浅香山親方)からです。もうちょっと先かなと思っていました。(審判長が)手を上げた瞬間に両力士が動きました。動きが止まった瞬間に(両力士を)止めました」

-水入りの取組を裁いたのは初めてですか

寿之介「初めてです。これまで水入りになった時、(行司が)土俵の砂を盛ったり、線を引いたりして、混乱していたのを見ていました。私ならどうしようかと考えていました。塩なら足で払ってもいいし、少量なら滑ることもないですから」

-砂にするか、塩にするか、決まりはありますか

寿之介「何も決まっていません。行司の後輩には、『もし水入りになったら見ておいてな。参考になるかもしれないから』とは言ってありました」

-寿之介さんが合わせた取組で水入りは初めてですか

寿之介「初めてです」

-これまでの水入りの時、塩でマーキングした例はありますか

寿之介「多分、初めてだと思います。40年以上やっていますが、私がいる間に見たことはないですね。手っ取り早いし、白いから見えやすい」

-両力士は再開する時、すぐに足の位置が分かったのではないですか

寿之介「翠富士さんはすぐに分かりましたが、北青鵬さんは(マーキングした塩が)かかとかつま先か分からなかった。なので、分ける時に説明すべきだったかなと、後で振り返って思いました」

-組み手がどうなっているか、寿之介さんはしっかり確認していました

寿之介「翠富士さんの組み手が特殊だったので、間違えないようにと。右手はすぐに分かりましたが、左手は審判長から見えていない位置だったので。再開する時は、審判長に確認することになっています。浅香山さんはビデオ室と連携して確認しました。ちょっとタイムラグはありましたが、そんなに時間はかかっていないと思います」

-塩を使うのはいいアイデアです。今後の行司さんにもまねてほしいですか

寿之介「見てどう思ったかは個人の判断ですから。そうしなくても、足の位置を覚える人もいるだろうし、強制できるものではありません」

-北青鵬は長い相撲になりがちです

寿之介「北青鵬さんのスタイルですから、水入りになるのは時間の問題かもしれないと、想定はしていました。相手が翠富士さんとは思わなかったですけど。(今後も)北青鵬さんがいる限りは何番かあると思いますよ」

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幕内での水入りは、2015年春場所の照ノ富士-逸ノ城以来、8年ぶり。明確な記録は残っていないが、寿之介の記憶によれば、水入りの際に両力士の足の位置を塩で示した例はない。「これは相撲史に名を刻んだのでは?」と水を向けたが、寿之介は「そんな大げさなことではないですよ」と謙遜するばかり。過去の水入りでは、足の位置や組み手をめぐって、混乱することが少なくなかった。SNSなどの反応を見る限り、寿之介の判断が力士や観戦者にストレスを与えず、迅速な進行をもたらしたと感じる。

北青鵬なら水入りもありうること、水入りとなったら塩を使おうと考えをまとめていたことなど、寿之介の準備が混乱を回避した。寿之介は初場所から三役格に昇進する。名実とも、後輩の手本になる一番となった。

◆水入り 相撲が長引いた時に勝負を中断することで、目安は4分とされる。時計係の審判委員が審判長に伝え、行司に指示。行司は両力士の両足をなぞり、位置を記録する。組みとかれた後、力士は土俵を下りて力水を口に含むことから水入りと呼ばれる。水入り後の取り直しは、組み手や足の位置を再現。行司が両者のまわしを同時にたたいて再開させる。1回の勝負で2度までで、勝負が決まらなければ2番後に仕切りから取り直しとなる。