尊富士ファン以外の方には申し訳ありません。今回の場所を振り返る総括コラムは、ほぼ尊富士で書き尽くします。それほど記憶に残る土俵でした。

場所前の展望コラムで「勝ち越しは100%」と断言して周りから「言い切って大丈夫なの」と心配されましたが、勝ち越しではなく10勝は確信していました。先場所の相撲と幕内の力量から、止められるのは豊昇龍と元気だったら霧島、そして対戦はない照ノ富士ぐらいだろうと読んでいました。

技術的な強さの分析は場所中のコラムで評論したので省きますが、心技体で何よりも強かったのは「心」の部分です。ケガを押して出場に踏み切った判断の心境を問われて「戦は寝ていたら勝てない。この先、終わってもいいと思った。これで後悔したら一生、悔いが残る。だから土俵に上がりました」と答えました。この命懸けの心です。私たちの時代も小錦さん、曙も武蔵丸もそう。国籍なんか関係なく「死んでもいい」ぐらいの気持ちで稽古場から命懸けで土俵に上がっていました。今、日本人が忘れていることです。古くさいと思われるかもしれませんが、これが相撲。こんな若い子が、こんな言葉を使ってくれるんだ、良かったなと。やっと武士が現れてくれたと心の底から、うれしく思いました。

歴史的優勝の要因はいくつかあります。1つは部屋に横綱や関取衆が多数、いること。稽古相手になるので横綱や上位の力が「これぐらいか」と肌で感じられるのは大きい。十両を1場所通過したことと、場所前に巡業がなかったこともプラスでした。どんな相撲を取るのか、対戦相手にデータはなく手探り状態だったでしょう。巡業に出ていれば稽古での手合わせはもちろん、準備運動とか雰囲気だけでも察知できます。付け人に対して、どんな態度をとっているか。そんなところにも考え方や人間性が表れ、ちょっとしたヒントにもなるんです。春場所後の巡業はケガの治療で出られないかもしれませんが、弱点はどこにあるのかといった周囲のマークも今後、厳しくなるでしょう。

そのマークをかいくぐって夏場所でも活躍して、7月の名古屋場所では新三役もあると思います。そして夏場所で新三役が有望な大の里ともに、来年3月の春場所では大関として大阪に戻ってほしい。まだ序ノ口から9場所ですが、24歳は決して若くはない。早く駆け上がってほしいですね。2人とも顔を見れば、どれほど一生懸命、相撲に取り組んでいるのかが分かる。本当に強い横綱、大関に早く上がって、本物の壁になってほしいと思います。

今後、気をつけてほしいのはケガ、そして仲のいい力士を作らないことです。表面的に仲が良さそうに接するのはいいけど、情を入れ込まないこと。自分に厳しくしないと、土俵で弱さが出てしまいます。ある意味、相撲社会はファミリーであり、でも土俵に上がれば敵。順調に大成して、お母さんを楽にさせてあげてください。恒例の独自で選ぶ三賞も尊富士に全部あげます。大の里は技能賞を除くダブルかなと。ではまた夏場所まで皆さま、お元気でお過ごしください。(日刊スポーツ評論家)