女優戸田恵子(60)とタレント中山秀征(50)が「ライブ・シネマ」に挑戦している。2日から東京・二子玉川で開催されているキネコ国際映画祭で、作品はドイツ映画「ウェンディと白い馬」だ。

 キネコは内外の児童映画を上映する催しで、25回目の今年は42作品が集まっている。ここで言うライブ・シネマとは、通常数日かけてスタジオ収録する声の吹き替えを、観客を前に生でやってしまうイベント性の高い上映会だ。

 「ウェンディ-」は85分の長編で、「アンパンマン」などの声でおなじみの戸田にとっても難易度の高い作業のようだ。「スタジオ録りと違ってやり直しはきかない。85分は長いです。必ずハプニングは起こる。気は抜けません。だからこそ、そのドキドキ、ワクワクする部分を楽しんでいただきたいのです」と言う。

 中山も「本番当日まではけっこう地味な作業の積み重ねなんです。当日は軽くリハーサルをやった後に一発勝負なんですけど、それまでは、それぞれが何日も家でしこしこ台本を読み込んでこなけりゃいけない」と舞台裏を明かす。

 スタジオ収録の何倍ものエネルギーがつぎ込まれているのだ。そのおかげもあって、完成された映像にライブ・パフォーマンスを加えたこの種のイベントには、演劇やコンサートといった純粋なライブとはひと味違う魅力が備わることになる。

 28年も前の話になるが、映画の父と言われたD・W・グリフィス(1875~1948年)の伝説的なモノクロ・サイレント作品「イントレランス」をフルオーケストラの生演奏ととも上映するという一大イベントが日本武道館で行われたことがある。

 人間の不寛容(イントレランス)を題材にした作品は、無実の青年が死刑宣告を受けるアメリカ編に始まり、キリスト受難のユダヤ編、ペルシャ侵攻のバビロン編、聖バルテルミ虐殺のフランス編と4つの物語が並行して描かれる。グリフィス映画に接するのは初めてだったのだが、斬新な手法がちりばめられ、「映画の父」の偉大さを実感させる作品だった。

 壮大なセットと、アリの群れのように見える無数のエキストラが登場したバビロン編が巨大スクリーンに映し出されると、その前方のオケピットから新日本フィルハーモニーの演奏が厳かに響く。背筋がピンとした感覚は今でも覚えている。

 取材名目で「タダ見」させていただいたのだが、当時の資料を見ると「入場料は8000円」とある。ぜいたくな体験だったのだと、改めて思う。

 振り返ってみれば、1920年代後半にトーキー(発声)映画が登場するまではサイレントが当たり前で、阪東妻三郎(1901~1953年)主演の時代活劇などではスクリーン横に講談調の弁士が立っていた。「ライブ・シネマこそ映画の原型」とも言える。

 阪妻の時代を生で知っているわけではないが、80年代から「活動弁士」として当時の上映方式を再現している澤登翠さんを取材したことがある。こま落としのようにも見える阪妻の軽快な動きに、澤登さんがきりりとした声を重ねる。「絵」と「音」のシンクロは心地いい。彼女の活動が海外にも広がっているのが分かる気がする。

 30年余りの取材経験の中でも、思い出すのはこのくらい。めったに機会のない「ライブ・シネマ」は貴重な体験に違いない。【相原斎】