自動車修理工のワヒドが、事故の相談に訪れた客をいきなり拘束する。かつて彼を不当に投獄した残忍な看守エグバルその人と直感したからだ。獄中では目隠しされ、記憶は「義足の足音」だけだから確信は持てない。彼を罰する前に同様の投獄経験のある人々を訪ね「面通し」をするが…。
母国を追われながらイランの今を問い続けるジャファル・バナヒ監督が、自身の投獄体験をもとに描いた作品だ。ミステリー色濃く、ユーモアも交えた手だれの演出に引き込まれる。
投獄された人々の中には挙式を目前にした花嫁までいて、プロアマ混成で演じる「普通の市民」の姿が強権国家の理不尽を際立たせる。随所に怒りがにじむ一方で、復讐(ふくしゅう)をためらう姿が暴力への嫌悪感を印象づける。
現政権を批判し続けるバナヒ監督だが、米国とイスラエルの攻撃が始まると、すぐにその即時中止を求め、イランに帰国したと伝えられる。日本では国同士の駆け引きや石油価格の上下が報道の中心だから、市民の現状は見えにくい。彼が映画に描いたような市井の人々が、強権に加え戦火にも見舞われたことにいたたまれなかったのだろう。【相原斎】
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