「グランド・ブダペスト・ホテル」(14年)のウェス・アンダーソン監督の新作「犬ヶ島」(25日公開)で描かれる日本が面白い。

 昭和40、50年代の風景、黒沢明作品や当時の怪獣映画のテイストがちりばめられている。

 静止している物体を1コマごとに少しずつ動かして撮影するストップ・モーション・アニメーションの手法は、監督以下スタッフが「日本」を手探りする行程に重なるような気がした。

 舞台は近未来の日本。「メガ崎市」では犬の間にドッグ病がまん延し、人間への感染が懸念されている。小林市長は犬をすべてゴミ廃棄の島「犬ヶ島」に追放すると宣言する。

 数カ月後、市長の養子アタリが犬ヶ島に潜入する。追放された愛犬スポッツを探し出すためだ。荒涼とした島でアタリは5匹の野良犬の助けを借りて捜索を続ける。アタリを追って市長のハイテク部隊も島にやって来て…。

 近未来とは言いながら、メガ崎市は公害防止が叫ばれ始めた昭和40年代の川崎市、犬ヶ島はゴミ処分場となった昭和50年代の東京湾・夢の島を映している。当時のニュース映像を参考にしたのだろう。セピア色の背景には、監督のフィルターを通した「昭和の匂い」があって、もやっと当時を思い出す。

 三船敏郎をイメージしたという小林市長のキャラクターは、確かに黒沢明監督の「天国と地獄」の登場人物に似ている。こわもての強権政治家に見えながら、人情にもろい面もあり、根は善人という設定だ。監督の頭にある三船像なのだろう。

 その小林市長の勢いに押され、市民は理路整然と反論する犬擁護派の渡辺教授の主張を聞き流してしまう。ユーモラスな描写の中に、日本人の弱点をずばり突かれたようでギクリとする。

 監督は「僕たちは日本が大好きなので、日本映画からインスピレーションを得た何かを作りたかった。そこで、舞台を全編日本にした」と明言している。

 怪獣映画に漂ったおどろおどろしい空気が背景にあり、「七人の侍」のテーマ曲が鳴って半世紀前に引きずり込まれる。

 人間たちの顔が無機質なのに対し、犬たちの表情は豊かだ。毛皮の手ざわり感、微妙な目の動きで示す喜怒哀楽…愛犬家ならグッとくるシーンがいくつかある。人間の日本語に対し、犬たちは英語で話すので、英語圏の人たちはもっと強くこのギャップを実感できるのだろう。

 在米の日系キャストに加え、オノ・ヨーコ、村上虹郎、野田洋次郎、渡辺謙、夏木マリと多彩な人たちが声の出演をしているので、その声優ぶりも楽しめる。

 横への動きを多用した人形劇のような空間から、ドラえもんのポケットのように新ネタがあふれ出る。ウェス・アンダーソン・マジックに翻弄(ほんろう)される密度の濃い1時間41分だ。【相原斎】