郊外の瀟洒(しょうしゃ)な住宅をのぞき込む男がいる。パーカで顔を隠し、防犯システムを確認すると侵入を諦める。一方、近くの教会では、その家に住む美しい母親がクリスマス・イブの出し物のリハーサルを行う子どもたちを見守っている。

幸せそうに見える一家に漂う不穏。米映画「ベン・イズ・バック」(24日公開)は、イブの24時間で薬物依存、再婚、格差…現代の家族を取り巻く難題と葛藤をぎゅっと描ききる。

パーカ姿の男は実は一家の19歳になる長男。薬物依存症の更生施設から抜け出してきたのだ。彼は妻の連れ子で、裕福な黒人男性と再婚した一家には他に3人の子どもがいる。

ハイティーンの長女と継父は長男の真意をいぶかるが、根底には愛情がある。本来の「幸せな一家」をイメージできるからこそ、この後起こる騒動が薬物依存の恐ろしさを浮き彫りにする。

ただ1人、更正と再起を信じて疑わない母親が世間や家族の疑念から長男を守ろうとする。母性は薬物依存に勝てるのか。ジュリア・ロバーツが持ち味の笑顔から鬼の形相まで見せて「母の闘い」を演じる。長男役は「マンチェスター・バイ・ザ・シー」(16年)のルーカス・ヘッジスで、2人の息詰まる「共闘」が心を揺さぶる。

小さな地方都市である。クリスマスの買い物に出た2人は街で次々に顔見知りに遭遇する。かつての悪友、売人、長男がクスリの世界に引き込んだ女性、そして過剰摂取で娘を失った母親…。薬物の誘惑にさらされ、周囲を巻き込んだ過去の罪の重さに耐えかねた長男は「依存症の会」に駆け込む。

一方、母親は年老いた医師夫妻を見かけて声を掛ける。長男がけがをしたときに鎮痛剤を過剰投与して薬物依存にしてしまった張本人だ。にこやかに近寄りながら、痛烈に怒りをぶつける。米社会の知られざる薬物依存の元凶をあぶり出し、実は「優等生」だった長男の過去を印象付ける。

夜。一家の愛犬が何者かに連れ去られる。犯人は長男の過去に関わる誰かであり、ミステリー仕立ての母子の追跡行は長男の過去と向き合う「旅」となる。薬物に群がるギャングまがいの組織、底辺のホームレスの群れ…息苦しくなるような展開だ。

1日の物語は、シークエンスごとにしっかりと場面転換する。その度に「CMタイム」でひと息つきたいと思ったほど緊張感が続く。脚本、監督は「ギルバート・グレイブ」(93年)のピーター・ヘッジス。長男役ルーカスの父でもあるわけだが、家族の深層を嫌というほどあぶり出す。

継父役のコートニー・B・ヴァンス、長女役のキャスリン・ニュートンの演技にも熱がこもる。重いテーマに密度も濃いのだが、ラストのかすかな救いにホッとさせられる。

米国の薬物まん延は、多くの作品で取り上げられてきたが、家族の視点から描いたものは意外に少ない。ジュリア・ロバーツの巧演と併せ、心に残る1本となった。【相原斎】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「映画な生活」)