注目の米大統領選が目前に迫っている。大手メディアの報道を「フェイク・ニュース」と断じ、陰謀説めいたことを公然と語るトランプ大統領の4年間で「真相」が見えにくくなったことだけは確かだと思う。

では、いっそのこと陰謀説をあたかも事実のように描いてしまおうという皮肉の裏返しが「ザ・ハント」(10月30日公開)だ。

米国各地から拉致され、どことも分からない広場で目を覚ました12人。社会的成功者とは決して言えない人々で、時としてSNSに差別的発言を書き込んでは憂さ晴らしをしている。「トランプ支持層」である。

広場の中央に置かれた巨大な木箱の中には大量の武器が用意され、「武装」を促される。彼らは特権階級の娯楽である「人間狩り」の標的として集められたのだ。

特権階級とは、トランプ大統領が敵視する「リベラルなエリートたち」で、彼らの「フェア精神」から獲物にも武器を持たせるわけだ。

「コンプライアンス 服従の心理」のクレイグ・ゾベルが監督、Netflixの「マニアック」で知られるニック・キューズが脚本。そして「ゲット・アウト」のジェイソン・ブラムが製作である、予想を裏切る展開が持ち味だから、ここから先のストーリーは詳述を避ける。

準備万全で待ち構えるハンターたちに「獲物」は次々に狩られていくのだが、その獲物の中の1人に人選ミスがあり、人間狩りはしだいに破綻していく。

クライマックスはベティ・ギルピンとヒラリー・スワンクの女性同士の対決シーンだ。15年前とはいえ「ミリオンダラー・ベイビー」でリアルにボクサーを演じたスワンクに対し、ギルピンも3年前から放送されているドラマ「GLOW ゴージャス・レディ・オブ・レスリング」でレスラーを演じている。ガチンコのアクションには息をのむ。

映画の下敷きとしてジョージ・オーウェルの「動物農場」が見え隠れし、随所にその引用が出てくる。鑑賞前にもう1度その内容を確認しておくと興趣が増すかもしれない。

トランプ大統領はこの映画の公開前に「アメリカにカオスをもたらすために作られた」と批判的なツイートをしたそうだが、ゾベル監督は「アメリカの『二極化』をむしろ遊び心のあるトーンで描いた」という。前回の選挙でヒラリー・クリントン候補がトランプ支持者を指して口にした「デプロラブルな(救いようがない)連中」という言葉が印象的に使われていて、リベラル・エリートの嫌らしさもやり玉に挙げている。

カオスの元凶の大統領に「カオスをもたらす」と言わせたことに、むしろゾベル監督はほくそ笑んだのではないか。【相原斎】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「映画な生活」)