決して褒められた人生を歩んできたわけではないが、根は善人である。そんな主人公がSNS社会に翻弄(ほんろう)される。イランの巨匠アスガー・ファルハディ監督は「英雄の証明」(4月1日公開)で、現代社会の不条理をヒリヒリする人間ドラマとして描き出した。

看板職人のラヒムは多額の借金が返せずに収監されているが、塀の外で彼を待つ婚約者が大量の金貨入りバッグを拾ったことから運命がころがり始める。

最初は借金返済の元手にともくろむが、罪悪感から乗り出した落とし主捜しを、メディアが「正直者の囚人」として取り上げ、いつの間にか美談の英雄に祭り上げられてしまう。寄付金が殺到し、出所後の就職先もあっせんされて、未来は開けたかに見えた。が、そんな時にSNSで指摘された美談のほころびを繕うため、小さなウソを重ねることになってしまい…。

イランを代表する俳優、主演のアミル・ジャディディはよく動く目で人間のもろさを伝える。ちょっとした行き違いは、根っこにある善意まで怪しいものに見せてしまう。その焦りや落胆ぶりが、揚げ足取りで事の本質を見えにくくするSNS社会を浮き彫りにする。

舞台となる古都シラーズの風景やイラン社会ならではの風習は味わい深い。そんな独特の背景が、良心と悪意の入り交じった普遍のドラマを際立たせ、心を揺さぶる。

毎度思うことなのだが、ファルハディ作品には外れがない。【相原斎】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「映画な生活」)