ロサンゼルスの東約180キロに位置するリゾート都市パームスプリングスは、最近の映画では、しばしば老後の保養地として登場する。観光ガイド書には「1950年代には、フランク・シナトラやエルビス・プレスリーなどのスターたちが豪邸に住み、ゴルフをプレーし、砂漠の夜を豪勢に飲み明かしたと言われる」と記述されている。

「ドント・ウォーリー・ダーリン」(11月11日公開)の舞台となる人工的な街は、このパームスプリングスの往年の姿をベースにしているようだ。60年代の前半、日曜日の午前中に放送されていた米国製ホームドラマの「夢のような生活」をさらにグレードアップした世界である。

アリス(フローレンズ・ピュー)が住む街ビクトリーは非の打ちどころがない。夫ジャック(ハリー・スタイルズ)とは深い愛で結ばれ、夫たちが彼と同じ職場に通う隣人たちとは、それぞれが完璧にしつらえたホームパーティーを交互に開催している。

「良き夫と良き妻」の理想の生活。だが、夫は仕事の内容を一切明かさず、職場の代表(クリス・パイン)はまるで新興宗教の教祖のような笑みをたたえている。何かがおかしい。感受性の豊かなアリスはしだいに疑問を抱き始める。やがて、街のあちこちでおかしな事件が起きはじめて…。

「ユートピアスリラー」をうたうこの作品のミソはこの謎解きの部分にあるのだが、詳しく書けばネタばらしになってしまうのでここでは触れない。

傑作青春コメディー「ブックスマート 卒業前夜のパーティーデビュー」(19年)で監督デビューしたオリビア・ワイルド(隣人役で準主演もしている)は、50年代風の理想生活を彼女らしいメリハリで再現。アリスが気付く微妙な異変の描写も凝っていて、今作でもキラキラと才能をのぞかせる。

調度や音楽の細部にこだわり、当時の理想の生活を追求すればするほど、男女役割の固定観念や社内行事強制の窮屈さが浮かび上がる図式だ。古き良き時代は決してユートピアではないのだ、と突きつける。

「異変」の数々は見てのお楽しみだが、目の前の料理からはるか上空までバリエーション豊かに驚かせてくれる。

「ブラック・ウィドウ」(20年)で印象を残したピュー、ワン・ダイレクションのスタイルズ、「スタートレック」シリーズのパインとキャストには、今もっとも生きのいい顔がそろっている。特にピューの振幅の大きな演技は見ものだ。【相原斎】