イラン第2の都市マシュハドには壮麗なモスク、イマーム・レザー廟(びょう)があり、同国最大の聖地として毎年2000万人以上の観光客と巡礼者が訪れるという。

一方で、アフガニスタンから欧州にドラッグを運ぶルート上にあることから、街の至る所で売春が横行、禁止薬物が売られている。

01年、そんな街で16人の娼婦が犠牲になる連続殺人事件が起きた。あの9・11全米同時多発テロの直前のことである。

「聖地には蜘蛛が巣を張る」(4月14日公開)は、この事件を元にしている。イラン出身で「ボーダー 二つの世界」(18年)で注目されたアリ・アッバシ監督は「イラン国内の犯罪率は高いから、事件発生当時に強い関心があったわけではないが、犯人は娼婦を殺すことで、街を浄化して宗教的な務めを果たしたと語り、彼を英雄視する人たちがいるのを知り、興味を持たずにはいられなかった」と振り返る。

ハリウッド映画に登場するシリアルキラーは生まれながらのモンスターとして描かれることが多いが、今作に登場するのは、ゆがんだ信仰心と環境がもたらしたいわば後天性のケースだ。

はた目に温厚なこの中年男には、イラン・イラク戦争の従軍歴があり、良き家庭人として隣人にも好かれている。一方で、戦場では、英雄にはなりきれず、何かを成し遂げたいという思いが異常に強い。そこにイラン社会に根強い女性蔑視の空気が絡んで、彼なりの「正義の行い」が始まる。

思いがストレートなところにこの作品特有の怖さがある。アッバシ監督は、この男が解体作業を行う時の必要以上の力の入れ方などをアクセントに序盤からゾワッとさせる。

演じるのはイランの名優メフディ・パジェスタニ。悪気の無い表情、逮捕後に自分に不利な発言を平然としてしまうまっすぐな殺人者をこれ以上無いくらい不気味に演じている。ゆっくりと巡らせる黒目の動きが印象的だ。

彼を追い詰めるのは女性記者のラヒミ。演じるザーラ・アミール・エブラヒミは、イランでも名の知れた女優だったが、セックスビデオ流出をきっかけに居場所を失い、今はフランスで活動しているという。被害者でありながら、いわば国を追われる立場になった理不尽への思いもあるのだろう。どうしようもない男性社会に翻弄(ほんろう)されながら、決して折れない信念にリアリティーがある。

殺人シーンは淡々と描かれるが、その分死者の充血した目が残酷さを物語る。この行為を英雄視する人が決して少なくなかった22年前の聖都。犯人役を好演したパジェスタニのそらさない目線がそんな歪みをあぶり出す。アッバス監督は警察や司法の異様も容赦なく映す。

イラン国内での撮影はかなわなかったが、ロケ地ヨルダン・アンマンの暗がりは遜色ない中東の空気を感じさせる。【相原斎】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「映画な生活」)