今秋にLAなどで限定公開されたニコラス・ケイジ主演の映画「パシフィック・ウォー」は、米海難史に残るインディアナポリス号の地獄の漂流を描いた作品。終戦間際の1945年7月に秘密裏に原子爆弾を運んでいた米海軍のインディアナポリス号が、帰還中にフィリピン沖で日本軍の潜水艦に発見され魚雷攻撃を受けて沈没したという実話を基にしています。船から脱出した船員たちが救命ボートに乗って漂流する中で次々とサメに襲われた悲劇と、その後の軍法会議が描かれています。来年1月7日に日本公開される本作で日本軍の潜水艦長を演じたハリウッドを拠点に活躍する俳優竹内豊にお話を伺いました。

 竹内が演じるのは潜水艦「伊号第五十八」艦長の橋本以行中佐で、この物語を語る上で外すことのできない重要なキーパーソンでもあります。「たまたま製作関係者が過去に私が関わった作品の軍服姿の写真をオンラインで見つけて、会いたいとエージェントを通じて連絡をくれました。会って最初に言われた言葉が、『君、思ったより若いね』でした。そこで初めてこの企画と脚本があることを知らされましたが、私には艦長の役は若すぎると言うことで、別のもっと若い役のオーディションを受けて欲しいと言われました。日本人は実年齢よりもどうしても若く見られてしまうのでしょうね。帰宅してから、私なりにインディアナポリス号について調べ、橋本艦長は当時35、6歳だったことを知りました。その時の私は41歳になる直前だったので、この役を演じられないはずがないと思いました。そこで、『私は若く見えるでしょうが、年齢的には橋本艦長の役が演じられるはずなので、ぜひオーディションを受けさせて下さい』とプロデューサーに直談判。いちかばちかの賭けに出て、橋本艦長役を任せて頂くことになりました」。

 撮影過程で橋本艦長の存在がより重要なものへと変わっていったと言います。「秘密作戦だったため救助が来るまでに時間がかかり、脱水だけでなく、サメに襲われて多くの犠牲者を出した悲惨な出来事として歴史に刻まれています。ハリウッド映画なので、当然ながらアメリカ側からの目線で描かれており、アメリカ人には共感できるでしょうが、我々日本人からすると感情移入が難しいかもしれません。ただ、当初の脚本では遭難がメインに描かれていましたが、出来上がった作品では橋本艦長の存在もきちんと描かれていたのに驚きました。橋本艦長を抜きにしてはこの物語は語れないと思ったのでしょう。本当にうれしかったです。観た方々の心にもきっと残ってくれると思います」。

 役作りの過程で、初めて日本を背負って立つ責任の重さを感じたと言います。「実際に伊号第五十八に乗っていた方と連絡が取れ、撮影前にお話をさせていただきました。細かく当時のことをお話ししてくださった最後に、『良い映画を作って下さい』と言われました。それは私自身がコントロールできることではないですが、日本人として良い意味で自分の中で良いものを背負わせてもらった感じがしました。自分が演じる役や事柄を知った上で現場に行かないと、事実が歪曲(わいきょく)されてしまう恐れがあります。ただ言われたまま演じるのではなく、日本人としてきちんと準備をして演じることで、少しでも橋本以行と言う人間を知ってもらうことができればと思いました。作品そのものは観ていただいた方々に判断をしていただくことですが、俳優個人としては自分がやるべきことはやれたと感じています。インディアナポリス号を攻撃した敵ですが、仕上がった作品では単なる敵としてではなく、より人間的な描かれ方をしていると感じました」。

 俳優を目指したきっかけはウィル・スミスだったと言います。「大学を卒業してバーテンダーをしていた時、たまたまウィル・スミスが何かの賞をもらってスピーチをしているのをテレビで観て、『面白そうだな』と思ったのがきっかけでした。そこからお金をためて26歳の時に渡米しましたが、無知だったのが一番の救いでした。今のようにハリウッドの現状を知っていたら恐ろしくて来られなかったかもしれません(笑)。1年後に運良く、『ラストサムライ』のオーディションに合格しました。真田広之さん演じる侍に首を斬り落とされる西洋かぶれの若者役に抜てきされ、撮影では目の前に真田さん、後ろにトム・クルーズがいて、心臓が飛び出るかと思いました。残念ながら、出演シーンは本編ではカットされてしまいましたが、俳優として最初に素晴らしい経験をさせていただけたことに感謝しています」。

 その後は映画「硫黄島からの手紙」(06年)「バトルシップ」(12年)やドラマ「グレイズ・アナトミー恋の解剖学」「トゥルーブラッド」などにも出演。また、今月26日から東海地区のコロナシネマワールドで上映される南果歩のハリウッドデビュー作「マスターレス」(15年)にも道化師役で出演しています。「2011年3月11日に起きた東日本大震災以降、仲間たちとウェブで続けている『Piece of Mind(邦題:ひとひらの心)』と言うプロジェクトがあります。映画と言う形が理想ですが、何かしらの形で世に出したいと思っています。去年は私にハリウッドの夢をくれたウィル・スミスと会うこともできました。楽しそうだなと彼を見てこの世界に入りましたが、演じることを通じて沢山の人たちに夢や希望を与えていければうれしいですね」。

【千歳香奈子】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「ハリウッド直送便」)