「海老蔵はやっぱり歌舞伎座が似合う」。東京・歌舞伎座「團菊祭」第二部で市川海老蔵が鎌倉権五郎を演じる歌舞伎十八番「暫」を見て、そう思った。

海老蔵が歌舞伎座に出演するのは、コロナ禍による緊急事態宣言で中止となっていた歌舞伎座公演が再開した20年8月以来、21年7月と今回の2回と少なかった。その間、新橋演舞場の座長公演をはじめ自主公演などを行い、観客層の拡大を目指して新作歌舞伎にも意欲的に挑んできたけれど、歌舞伎座に歌舞伎の象徴的な存在である「成田屋」がいない物足りなさを感じてきた。

そんな中、海老蔵が10カ月ぶりの歌舞伎座出演に選んだのが「暫」。團十郎家のお家の芸である歌舞伎十八番の一つで、海老蔵襲名の時に演じたし、昨年7月の東京五輪開会式でも一部を披露していた。何度も見ているけれど、最も印象的だったのが、海老蔵の父12代目市川團十郎の襲名公演の時の「暫」。敵役の清原武衡に2代目尾上松緑をはじめ、6代目中村歌右衛門、17代目中村勘三郎、7代目尾上梅幸など昭和の名優たちが共演する2度と見られない「暫」だった。

「し~ば~ら~く、し~ば~ら~く」の掛け声とともに、海老蔵が花道に登場すると、大きな拍手が起こった。大小2つの刀と約2メートルの大太刀を含め60キロ近い衣装を身にまとい、つらねでは「ここは久方ぶりの歌舞伎座」「オリンピックの開会式より1年ぶりのこしらえ~」など当意即妙のせりふを織り込んで観客を喜ばせた。

以前は他の俳優も演じた「暫」だけれど、ここ30年ほどは父團十郎と海老蔵しか演じていなかった。延期となった20年の「13代目市川團十郎白猿」襲名披露興行の襲名狂言として演じる予定だった。邪気を払う荒事の魅力にあふれた「暫」は成田屋にふさわしい。

7月には歌舞伎座第二部で「夏祭浪花鑑」、市川ぼたん、堀越勸玄との親子3人で踊る「仲国」に出演する。歌舞伎座の観客はまだ60%台後半に制限されているけれど、7月には緩和されるだろう。満員の観客の中で親子3人の共演を見る先には、延期となっていた團十郎襲名披露興行が待っているのだろうか。【林尚之】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「舞台雑話」)