歌歌舞伎の取材を40年以上続けてきたが、これほど衝撃的な出来事はなかった。

人気歌舞伎俳優の市川猿之助(47)が自殺を図ったとみられ、一命をとりとめたものの、父市川段四郎さん(76)と母(75)は亡くなった。当初はさまざまな臆測が飛び交ったけれど、20日には猿之助が「死んで生まれ変わろうと家族で話し合い、両親が睡眠薬を飲んだ」という趣旨の話をしているとの一部報道があった。これが事実なら、何ともやりきれない思いがする。

こんな非常事態の中にあっても、猿之助が主演していた明治座公演は代役を立てて上演されている。昼の部「不死鳥よ 波濤(はとう)を越えて」はいとこの市川中車(57)の長男市川團子(19)が代役を務めて20日から再開し、夜の部「御贔屓繋馬」は中村隼人(29)の代役で18日から上演が続いている。

昨年11月のある公演パンフレットで、猿之助は公演中止、代役をめぐる話をしていた。「興行主としては(劇場を)閉めるってのはえらいことですからね」「昔は何があっても幕を開けましたから」。そして「うちの一門は伯父の猿翁の教育で、代役はパッと出来ちゃうんですよ」とも。

舞台に立つ者として、公演中止ということの影響の大きさをよく知っていたはずだった。そんな猿之助がなぜ、公演の最中に「中止」という事態を招くことをしてしまったのか。もともと千秋楽に配役を変更しての「花形公演」を予定していたこともあって、昼の部は2回中止したものの、夜の部では中止を回避できた。皮肉にも、猿之助の「代役はパッと出来ちゃう」という言葉が実証された形だった。【林尚之】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「舞台雑話」)