市川中車(57、香川照之)が主演する歌舞伎座昼の部「菊宴月白浪」を見てきた。今月に入って7日までに10本ほどの舞台を見たけれど、「菊宴月白浪」がもっとも面白かった。
中車の父猿翁(83)が3代目猿之助時代に163年ぶりに復活した、忠臣蔵の後日談という作品の面白さに加え、中車をはじめ、笑也、笑三郎、猿弥、青虎、そして寿猿ら「澤瀉屋(おもだかや)」の底力を見る思いもした。
中車は11年前に歌舞伎界に入ってから、「あんまと泥棒」の秀の市、「一本刀土俵入」の茂兵衛、「瞼の母」の忠太郎などに主演しているけれど、それはいずれもが1時間前後の、俳優香川の経験値が生きる新歌舞伎系の作品だった。
しかし、今回は休憩を含めて4時間の通し狂言。初挑戦となる大凧の宙乗りや大屋根での派手な立ち回りなど、文字通り体当たりで演じていた。初日には父猿翁も演じた役に挑む感慨から、宙乗りの場面では中車の目に涙が光っていたという報道もあったが、さすがに初日から3日後の6日に見た時は涙こそなかったように思う。
ただ、大凧が花道から2階席、3階席に上がっていく中で、客席から大きな拍手を真正面から浴びた中車の大きく見開いた目には、危機にある澤瀉屋を担う覚悟のような目力の強さがあった。
中車を襲名した時の会見で、歌舞伎界入りした理由として「息子(團子)を猿之助にするため」と話していたが、状況が変わった今は澤瀉屋一門の結束を固め、未来につなげる大きな役割を担っている。
中車が大凧で宙乗りをしている時、舞台上から見上げていた93歳の寿猿の表情が印象に残っている。一門に入って70年の最古参で、澤瀉屋のいい時も苦難の時も知り尽くしている寿猿のまなざしには「旦那、頼みますよ」と、祈るような思いが込められているように感じた。【林尚之】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「舞台雑話」)




