19年前の「プライベート・ライアン」には、今でも背筋が寒くなるシーンがある。冒頭のノルマンディー上陸作戦。砂浜に到達した連合軍にドイツ軍の機銃掃射が襲いかかる。海中に逃れても泡を引きながら迫る銃弾がリアルだった。

 観客はどんな描写に肌をアワ立てるのか。幼少時から娯楽映画に親しんだスピルバーグ監督は心得ている。「ダークナイト」「インターステラー」とジャンルを選ばないクリストファー・ノーラン監督も似た感覚を持っていると思う。

 ノルマンディーからさかのぼること4年。この映画は、英仏40万人の兵士がドーバー海峡から英国に逃れる「大撤退作戦」を描く。

 見えないスナイパーが放つ銃弾の肉を切り裂く破壊力。鋼鉄製の船のきしみ、プロペラ戦闘機に響くエンジン音と限られた視界から見え隠れする敵機…。

 スピットファイアを復元して実際に飛ばし、喪失した防波堤を再建して撮った「力業」にはCGでは再現しきれない肌触りのようなものがある。ノーラン流は実はかなりアナログなのである。思考の時間を奪うからとスマートフォンを持たないという逸話もあながちウソではないと思う。【相沢斎】

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