上方落語を復興させた四天王の1人、故5代目桂文枝さん門下で、当代の6代桂文枝さんに次ぐ、2番弟子の桂きん枝さん(66)が再来年春、師匠の前名「4代桂小文枝」を襲名することが決まった。誰からも愛される男の魅力とは-。

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 先代文枝さんは弟子20人を育て、うち筆頭が創作の第一人者、当代の文枝さん、3番目が古典にかけて当代屈指の文珍さんだ。

 その間がきん枝さん。関西では「しっかり長男・三枝(文枝の前名)、うっかり次男・きん枝、ちゃっかり三男・文珍」の「桂3兄弟」と親しまれてきたが、長男と三男は互いを認めつつも、ライバル視するところも多く、同席もめずらしいが、襲名発表の日、きん枝さんの両脇には長男、三男も笑顔で並んでいた。

 そう、次男坊のきん枝さんがいたからこそ、文枝一門の今があるのは間違いない。そのきん枝さん、若き日には「破門」まで食らっていたが、故6代目笑福亭松鶴さんをもとりこにした人間力を持っていた。先代の師匠も生前、はっきりと「名前をやりたいのはきん枝や。親いうんは、できの悪いやつほどかわいいもんや」と言った。

 何度も迷惑をかけられた弟子ほど、かわいい。まさしく親心だ。その師匠の“遺言”を心に残していた夫人が「お父ちゃんが一番長く名乗っていた名前をきん枝に継がせたい」と熱望。実は、11年に兄弟子が「6代文枝」を襲名したと同時に、きん枝さんの「4代小文枝」も内定していた。

 圧倒的な人気、知名度を持ち、創作落語という新たなジャンルを定着させた長男をさしおいては、たとえ名人の三男・文珍さんをもっても襲名者はかえ難い。ましてや、やんちゃ坊主のきん枝さんに「文枝襲名」はない。

 そこで先代夫人らは、きん枝さんに、師匠が最も長く名乗っていた名跡を与えようと決めたのだった。

 誰からも愛されたやんちゃ坊主は、ベテランになっても、後輩からもいじられる。襲名会見の晴れの場でも、ほぼ同時期とはいえ、弟弟子になる文珍さんから「こんな頼りない人が」と言われ、兄弟子の文枝さんからは「一門の問題児」とばっさり斬られた。

 それでも笑っていられる度量、その笑顔でこちらまで癒やされる愛嬌(あいきょう)が、きん枝さんにはある。言葉では表せない魅力。本人に「自分ではどう思っていますか?」と、聞いてみた。

 「なんでかわいがってもらえるんか、ほんま分からんけど、ぎょうさんの人に助けてもろて」と切り出し、3点の信条をあげた。

 <1>人の悪口を言わない

 <2>何かやったら、最終的には自分で責任をとる

 <3>自分の感情をおいといて、まず最初に、相手の気持ちを考える

 シンプルだが、どれも難しい。ただ、実際、きん枝さんはすべて実践している。心にも、言葉にもウソがない。兄弟子の文枝さんも「きん枝評」を加えてくれた。「まず、辛抱強い。僕やったら腹立つことあっても、彼はじっと我慢する。怒らない。ほんまに人間としてはええ男です」。

 その言葉に、文珍さんも大きくうなずいた。そのとき、はにかんだきん枝さんの表情は、まさしくその人柄を表していた。

【村上久美子】(ニッカンスポーツ・コム/コラム「ナニワのベテラン走る~ミナミヘキタヘ」)