映画ファンにはなじみの名作「砂の器」ではなく、砂のケーキの話。その前にまずはお金の話。当たり前ですが、生活する上で切っても切れない存在です。あまり話したことはないのですが、20代のほとんどが風呂なしアパートでそれなりに貧乏な生活をしていました。実家にいたときは両親のおかげで何不自由なく過ごさせてもらっていましたが、上京してから25歳まではいわゆるフリーターであったため、生活を切り詰める上で前述の風呂なしアパートに10年あまり。バイトなんかで得られる収入はたいしたものではなく、ほんと毎月ぎりぎりの中での生活。しかし、環境にすぐになれるタイプなのか、悲観したものはそれほどなく、若いなりに夢や希望に満ちあふれて、日々工夫する生活は悪くなかったような気もします。そしてその経験が独立した今、大いに生かされているとも。

そして、俳優とお金。最初から固定給をもらえる人はまずいなくて、小劇場などであればチケットバック(売った枚数×いくら)が多く、1カ月稼働して数万円とかもザラだとききます。俳優として成長するには、とにかく芝居に集中できる環境(見たり教わったり)を整えるべきですが、生活をするためのアルバイトは必須になり、結果どちらも半端になり、30歳前後を機に辞めていく人も多いのではないでしょうか。いかに工夫してより充実した生活ができるのか、続けられることも才能のひとつだと思います。

さて本題。今回取り上げるのは幼少期に超貧困時代を過ごした女優、緑川静香(32)。5歳の時に父親が蒸発、知人の家の物置に母親と兄と3人で11年間住んでいた話をはじめ、バラエティー番組でさまざまな貧乏エピソードを披露してプチブレーク。そのどれもが悲観した内容ではなく、明るくポジティブや母親との心温まるエピソードだと記憶している。

また、自身の映画デビュー作となる『リュウセイ(2014)』ではヒロインの1人を演じてもらう(メインは男3人の群像劇です)。その後も舞台を中心に女優業を続け、最近では「それって!?実際どうなの課」(日本テレビ系)内での「部屋の不用品全部売ったらいくら?」での活躍が目覚ましい。依頼人の一見価値がなさそうな不用品を、切り口と値段設定によって価値のあるものに変化させ、売りに売りまくっている。それは貧困時代の経験からなのかもしれない。

さらに、売れた瞬間に見せるその表情がなんとも希望に満ちあふれていて、視聴者の心をグッとつかんでいる。

そして、先日放送の「バカリ&秋山のしんどい家に生まれました!!~今なら笑えるトンデモ人生~」(テレ東系)での誕生日のエピソードをひとつ。当たり前のようにバースデーケーキを買うお金がない中、母親が娘のために砂でケーキを作る。土台はもちろん砂、そしてロウソクは木の枝、イチゴは石でできている。極めつけは、母親から食べるかわりに粉々に壊すように促され、それを受け入れる娘。普通であれば即グレるのかもしれない(笑い)。

しかし、彼女は小さいながらも家庭環境を理解、母親の前でうれしがる娘を見事に演じきる(臆測ですが…)。ポジティブな母親にあわせて必死で演技をする娘、想像するだけで涙が出てきます。その後、少女は導かれるように女優になり、母親だけでなくいろいろな人にさまざまな役を演じる姿を魅せている。幼少期の工夫した生活が、芸能界という荒波の中で必ず役立つはず。今後の活躍に大いに期待です。

◆谷健二(たに・けんじ)1976年(昭51)、京都府出身。大学でデザインを専攻後、映画の世界を夢見て上京。多数の自主映画に携わる。その後、広告代理店に勤め、約9年間自動車会社のウェブマーケティングを担当。14年に映画『リュウセイ』の監督を機にフリーとなる。映画以外にもCMやドラマ、舞台演出に映画本の出版など多岐にわたって活動中。また、カレー好きが高じて青山でカレー&バーも経営。最新作は『元メンに呼び出されたら、そこは異次元空間だった』。今夏公開予定。

(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「映画監督・谷健二の俳優研究所」)