歌舞伎座六月大歌舞伎「月光露針路日本 風雲児たち」の囲み取材の様子
歌舞伎座六月大歌舞伎「月光露針路日本 風雲児たち」の囲み取材の様子

三谷幸喜氏が歌舞伎座で初めて作、演出を手掛けた三谷かぶき「月光露針路日本(つきあかりめざすふるさと)風雲児たち」を観てきた。幕末、ロシアに漂流した船乗りたちが日本を目指す冒険記。スーツの男が登場したり、着ぐるみによる11匹の犬ぞりが吹雪の中を疾走したりと、歌舞伎の表現力と自由度に心躍った。

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江戸後期、駿河湾沖で遭難し、ロシアに漂着した「神昌丸」の船頭、大黒屋光太夫と16人の乗組員の実話を描く。40年連載が続くみなもと太郎氏の歴史漫画「風雲児たち」を原作に、三谷氏が「三谷かぶき」として作、演出した。

冒頭、ストーリーテラー役の尾上松也がスーツ姿で登場し、未知の歌舞伎感にわくわくさせられる。広い舞台でたった1人、アドリブで客席をがんがん笑わせながら、2019年の私たちを1782年の神昌丸に連れて行ってくれる。

幕が開くと、もう何カ月も漂流している神昌丸の上。少々頼りないが根っからの行動力を持つ光太夫(松本幸四郎)、不満ばかり言いつつも盛り上げ役の庄蔵(市川猿之助)、KYでマイペースな新蔵(片岡愛之助)など、17人のキャラクターが丁寧に描かれる。それぞれの魅力、エピソードが後半の劇的効果につながっていて、日常のあちこちにある笑いと、船乗りの友情がしびれる人間ドラマとして展開していく。

歌舞伎ならではの演出も楽しい。ナレーションの役割である義太夫は「たどり着いたは、カカカカカ、カムチャツカ!」とか、聞いた事のないせりふを全力でやっていて、こんなこともできるのかと盛大な笑いが起きる。船酔い状態を表す鳴り物のお約束が分かると、この音が鳴っただけで「また酔ってる」と笑えたり。

歌舞伎の底力を見せつけて最も沸いたのは、2幕の犬ぞりのシーンだったと思う。マスコミ向けの稽古取材で三谷氏が「シベリアの雪原を犬ぞりで走るスペクタクルシーンもあります」とPRしていた見せ場だ。シベリアンハスキーの着ぐるみの11人が元気よく登場。こんな“衣装”までハイクオリティーに作ってしまう歌舞伎座印も痛快だ。ひとたびそりの引き手として走り始めると、本物の犬ぞりのように見えてきて、アナログ力を実感させられる。

歌舞伎座六月大歌舞伎「月光露針路日本 風雲児たち」(C)松竹株式会社
歌舞伎座六月大歌舞伎「月光露針路日本 風雲児たち」(C)松竹株式会社
歌舞伎座六月大歌舞伎「月光露針路日本 風雲児たち」(C)松竹株式会社
歌舞伎座六月大歌舞伎「月光露針路日本 風雲児たち」(C)松竹株式会社

猛吹雪の中を昼夜問わずの決死行。そりが左右に大きく曲がったり、犬が次々と転んだり。トンデモな道のりがダイナミックに伝わってきて、「日本に帰りたい」という彼らの一念が胸に刺さる。一行を鼓舞するような大迫力の三味線と、「ゆけどもゆけども雪景色~」の義太夫も情景をよく表していて、歌舞伎だから表現できる「スペクタクル」をわくわくと見た。

三谷氏が歌舞伎脚本を手掛けるのは、06年の「決闘!高田馬場」(パルコ劇場)以来13年ぶり。幸四郎、猿之助ら、前回からの出演者も多い。個人的には、アットホームな劇場でほぼ笑いっぱなしだった前作も好きなのだけれど、やはり歌舞伎座の広い舞台と装置を使った今回は物理的にも大スケール。三谷氏の発想を様式が丸ごと受け止めていて、歌舞伎座で、歌舞伎俳優と優秀な裏方を使って何かを上演すれば、もうそれはすべて歌舞伎であるという理屈にも納得がいく。

全然日本にたどり着けない悲劇が三谷氏によって喜劇的にもなり、各地で起こる人間模様に大いに笑い、泣かされる。1人1人のキャラクターを三谷氏が愛情を込めて描き、17人、17通りの人間力を、幸四郎ら豪華メンバーが生き生きと舞台上に立ち上げている。幸四郎の長男で、船の通訳の磯吉を演じた市川染五郎(14)もさっそうと笑いをとり、三谷ワールドに若々しくはまっているのもいい。

日常、何もかもうまくいかない日もあるけれど、そんな時は17人の誰かの思考が背中を押してくれそう。いろいろガッツを注入された。

東京・歌舞伎座で25日まで。

【梅田恵子】(ニッカンスポーツ・コム/芸能記者コラム「梅ちゃんねる」)