大みそか夜は、見たいテレビ番組が重なるために、録画をして、年を越してから見ることが多いと思います。芸能記者としてNHK紅白を見たわけですが、私にもどうしても見たい番組がありました。AbemaTVで放送された「朝青龍を押し出したら1000万円」。カメラマンとしては朝青龍の十両~関脇時代を、記者としては史上最高の7場所連続優勝した最強横綱時代を担当していたので、“最後の取組”を見てみたかったのです。

 正直、ボブ・サップや柔道銀メダリスト泉浩やその他一般人との7番は、力差がありすぎて、およそ勝負とは呼べない“お遊び”でした。ただ、そんなことは、当初からの予想どおり。それでも番組を見たのは、最後の一番の相手が、元大関琴光喜だったからです。

 私は、昨今の総合格闘技に多くある、衰えた肉体で出場する往年の名選手たちを見るのが、苦手です。興ざめするからです。

 今回の2人も当然、現役時代のコンディションではありませんでした。それでも気になったのは、ともに現役時代は、土俵に未練を残した終わり方だったからでした。

 2人とも突然の引退に追い込まれたのは、自己責任でした。社会的責任のある地位・職業なので、やむを得ない結末でした。ただ、いち力士としては「まさか」の思いだったでしょう。結果的に現役最後の取組となった一番の時に、万感の思いで取ったわけでもなかったでしょう。

 2人とも、それまでの人生を相撲にささげてきたのは紛れもない事実なだけに、私は人間として、罪とは別の部分で、そのやり残したという思いには、同情していました。番組の中でも、朝青龍は「今でも相撲を取ったり、横綱でいる夢を見る」と明かしていました。

 さて、そんな2人の一番は、なかなか見応えのあるものでした。朝青龍は、それまでの7番は、けいこ場でつける白まわしから、関取だけがつけられる黒まわしに替えて、さがりも付けて臨みました。そんきょの時の張り詰めた空気、千代の富士をまねていた塩のまき方、制限時間いっぱいに気合を入れてまわしをたたき、タオルで豪快に体をふき、最後に右手首を口につけるルーティーン動作…。琴光喜の緊張した面持ちで指の塩をなめる姿も、かつて大関とりの場所の結びの一番で、朝青龍に挑んだ時と同じです。大銀杏(おおいちょう)のまげこそありませんが、一瞬で現役時代の空間がよみがえました。結果が分かった録画動画なのに、私まで身震いしました。

 実は、朝青龍は、今の白鵬が批判されている、立ち合いでの「張り差し」や「かち上げ」を乱発し始めた先駆者です。ただ、張り手やかち上げが反則のルールもあり、この一番では、正々堂々と立ち合いました。(最初の一番では、癖で思わず素人相手に軽い張り差しをしてしまっていました)

 出足は琴光喜の方が鋭く当たりましたが、朝青龍が左肩側で受け止め、先に左の下手をつかみました。すぐに右下手につかみ変えたために、琴光喜の得意な右四つになりましたが、両まわしをがっちりつかまえたのは、朝青龍。かつての最強横綱は、琴光喜にまわしを取らせんと、必死に頭を低くつけました。「絶対に勝つ」という闘志が全面に表れていて、再び胸が震えました。左上手で投げをうって揺さぶると、最後は一気の寄り倒し。土俵下に転げ落ちた琴光喜に手を差し伸べて、引き上げて…。最後の最後に両手で万歳からの、上腕二頭筋を誇示する蛇足のマッスルポーズも、ある意味、いつも苦笑いさせていた彼らしい終わり方でした。

 琴光喜 本当に強かったです。気持ち良かったです。これで本当に気持ち良く引退できました

 朝青龍 相撲はこれで人生最後なのでお別れします。人生に残っていた相撲のあれが、夢に出てくること、今まで相撲を愛していたことを、この土俵に残してダグワドルジに戻ります。

 単なる「昔の名前で出ています」とばかりに、ギャラを稼ぎに大みそかに出てきた2人では、終わりませんでした。それは、7年でも衰えないほどに、鍛えに鍛えた肉体(特に下半身)が残っていたからか。大相撲という伝統ある国技だからか。2人の相撲への思いの深さと真剣さからだったのか。簡単には言い切れませんが、とにかくドラマと本物の力がこもった一番でした。

 残念ながら、スポーツ新聞では、純粋なスポーツニュースとして大きく扱われることはなかったですが、個人的には生で見届けたかった。リポート記事を書きたかった勝負でした。

 次なる注目は、初場所の白鵬です。昨年末、日馬富士の暴行事件からの流れで、横綱審議委員会から立ち合いでの張り手(張り差し)やかち上げへの、正式な苦言が呈されました。昨年7月に続いて2回目。今回は世間の目も厳しく、もはや封印せざるを得ない状況です。

 白鵬が、正々堂々の取り口でも再び強さを証明することができれば、何かが変わるきっかけになるかもしれません。