ミュージシャン、俳優のピエール瀧被告(52)によるコカイン使用事件。薬物は怖い、厳罰に処すべし、復帰は困難などさまざまな意見がメディアを飛び交う。国立精神・神経医療研究センターの松本俊彦医師は「薬物使用は犯罪ではあるが、個人の健康問題という視点での議論も必要だ」と訴えた。最終回は、薬物問題に関する報道の功罪と、あるべき姿について聞いた。

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-今回の事件を受けた報道で感じたことは

松本氏 テレビでタレントが、薬物が犯罪を誘発するといった、根拠のないバッシングを繰り返しています。手を出せばゾンビのようになるといった専門的な知見の裏付けがない情報も語られる。裁判所が与える刑事罰をはるかに超える「私刑」が、それも公開処刑のように行われています。無定見なバッシングが、治療を受けている依存者の希望を奪い、家族を追い詰めていることに気づいてほしい。

さらに、テレビで白い粉や注射器など、イメージ映像を流すのは絶対にやめてほしい。重度の依存者は、雪で白い粉を連想するほどです。イメージ映像で再び脳が薬物に支配され、治療プログラムから脱落する患者が数多くいる。入手方法や使用法を解説するなどもってのほかです。

-薬物依存者の作品は「ドーピング」とする主張については

松本氏 薬物を使って、能力を超えた力が出るなら誰も困りません。あたかも薬物に「ドーピング」効果があるかのように誤解させ、かえって興味を刺激しかねない。そっちが心配です。

-周囲に迷惑をかけたことも事実。自粛も当然では

松本氏 賠償を求められるのは仕方ないかもしれない。しかし作品の販売や配信の停止など、復帰を閉ざすような対応はいかがなものでしょうか。芸能人は顔を知られているだけに、別の仕事に就くことが極めて難しい。収入が途絶えれば、治療や回復支援を受けることも難しくなって再び薬物に、となりかねない。

-では、どんな報道が望ましいと

松本氏 一般紙やネットメディアでは、治療や回復支援に重きを置いた報道が増えたが、地上波テレビではまだ少数です。薬物依存に悩む当事者は「自分は犯罪者だ」という意識で、治療や回復支援の対象だと思い至らない。家族は、友人や親類にも相談できず、ますます孤立していく。「孤立の病」を、さらに孤立に追い込む報道も少なくない。問題を抱え込まず専門の機関に相談を、と伝えてほしい。都道府県や政令指定都市には精神保健福祉センターが置かれ、薬物問題の相談窓口があります。その際、あくまでも守秘義務を優先して対応し、警察に通報することなど絶対にありません。相談してください。【取材・構成=秋山惣一郎】(おわり)

◆松本俊彦(まつもと・としひこ)1967年(昭42)8月15日、神奈川県小田原市生まれ。精神科医として、薬物やアルコール依存症や自殺などの対策に携わる。国立精神・神経医療研究センター薬物依存研究部長、同センター病院薬物依存症センター長を務める。