黒沢清監督(65)の「スパイの妻」(10月16日公開)が12日夜(日本時間13日未明)、世界3大映画祭の1つ、イタリアのベネチア映画祭で銀獅子賞(監督賞)を受賞した。日本人の受賞は北野武監督以来17年ぶり4人目。

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黒沢監督は“妻”というワードが題名に入った映画で栄冠をつかむにふさわしい愛妻家だ。15年にカンヌ映画祭「ある視点部門」で日本人初の監督賞を受賞した直後、囲み取材で「妻と一緒に来て本当に良かった」と笑みを漏らした。

08年に「トウキョウソナタ」で同部門の審査員賞を受賞した際は、妻が病気になったため公式上映後、日本にとんぼ返りした。15年は回復した妻を伴って映画祭に参加。授賞式の壇上で、名優イングリッド・バーグマンの娘で審査委員長を務めたイタリアの女優イザベラ・ロッセリーニから評価された姿を妻に見せられたのが一番の喜びだった。

それから5年後。コロナ禍でベネチアへの渡航がかなわない中で受賞したと聞き、顔を見合わせた妻は「行きたかったね」とひと言、口にしたという。それを聞き、黒沢監督の脳裏には「興奮、熱気の中で(審査委員長のオーストラリア女優)ケイト・ブランシェットさんの手から何かいただけたのかな。その瞬間を、妻も観客席から眺めること出来たのに」という思いがうずまいていた。そして「残念だったな」と返したのが妻と交わした最初の会話だった。

そうして妻のことを語る時が、受賞を受けた取材の中で最も、監督の表情が和らいだ一時だった。【村上幸将】