プロデューサーで監督の角川春樹氏(78)が、最後の監督作と公言する「みをつくし料理帖」が16日に公開される。70、80年代に「風雲児」と呼ばれ、麻薬密輸事件による約10年間のブランクもあった。このほど取材に応じた角川氏が語った作品に込めた思いなどを、ニッカンスポーツコムでは4回にわたって配信します。第1回は「角川マジックは今も」。

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松本穂香(23)奈緒(25)をメインキャストに決めたのは一昨年だった。江戸後期を舞台にした料理人の澪と花魁(おいらん)あさひ太夫の数奇な友情物語を、まだ「新人女優」の印象が強かった2人に託した。

「松本と奈緒をどちらの役にするか。実は直前まで決めていなかった。会った瞬間に松本は澪だと直感したんです。実際にメークと衣装をつけて、ポスター撮りした姿を見て、『まさに澪だ』と直感が確信に変わった。その時から作品全部のイメージが動きだした。2人の知名度を不安視する人もいたんだけど、私は『映画公開までに絶対2人はブレークしているから大丈夫』と断言しました」

「予言」は的中した。この間、松本は「おいしい家族」など4本の主演映画が立て込み、奈緒は日本テレビ系連続ドラマ「あなたの番です」で個性派として頭角を現した。ヒットを連発した全盛時の神懸かりをほうふつとさせた。

コロナ渦で話題作が次々に公開先送りを決める中、周囲の心配をよそに一昨年に決めた「20年10月公開」も貫いた。

「3分の1くらいしか客入れができなかった劇場が、計ったかのように公開前にフルでOKになった。先送りでライバル作品もほとんどない。実は初プロデュース作品の『犬神家の一族』も同じ10月16日公開だった。あのヒットが私の映画人生の始まりだったから、最後の作品での巡り合わせは運命だね。言っているうちに現実になるのが角川マジックだから(笑い)」

撮影中にも「奇跡」を起こした。

「撮影期間はほとんど雨の予報だったんだけど、私が神社に行って、ことごとく晴れさせた(笑い)」

にわかに信じ難い話だが、角川氏と初顔合わせだった窪塚洋介(41)は「監督は伝説通りにぶっ飛んだ方でした。雨予報の日に『大丈夫、神社で雲きりしてきたから』とおっしゃる。で、ホントに晴れるんです。摩訶(まか)不思議なパワーを実感しました」と振り返る。

高田郁さんの原作「みをつくし料理帖」は、累計300万部を超えるベストセラーだが、12年前に発表したデビュー作「出世花」(祥伝社)の初版はわずか500部だった。

「チャンバラじゃないし、捕物帳でもない。時代小説として売れる要素はすべて外しているけれど、私は人情ものとして卓越した魅力を感じた。山本周五郎以来の筆力ですよ。500部のうち200部を高田さん本人が買って、200部を私が買って配ったんです。だから市場には100部しか出なかった(笑い)。特に女性編集者に読んでほしかった。魅力を実感してほしかった。ウチ(ハルキ文庫)で扱うようになってからは新人では、破格の初版5万部。人気があるように見せようと5000部単位で重版の奥刷りを入れたら、さすがに取次店にばれて『やめてください』と怒られた(笑い)」

「重版」マジックが奏功したかは別にして、高田さんの作品は「角川商法」にのって、時代小説に縁の無かった女性読者の心をつかんだ。原作本から角川マジックは始まっていたのだ。【相原斎】